繁栄の国アメリカはなぜ変わったのか? 失われる夢と揺らぐ民主主義
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こんにちは、矢口新です。
米国は長い間、
世界中の人々にとって特別な国だった。
生まれた場所や家柄にかかわらず、
努力と才能によって成功をつかむことができる。
貧しい移民であっても、事業を興し、財を築き、
社会的な地位を得ることができる。
こうした「アメリカンドリーム」は、
単なる成功物語ではない。
米国を支える理念であり、
知識人やスポーツ選手を含む、
人々を結びつける共通の希望でもあった。
しかし、今、その夢が揺らいでいる。
世界一の経済大国で、
巨大企業や金融市場を擁する米国で、
今なぜ多くの人々が将来に不安を抱き、
自国の経済や政治制度に不信感を強めているのだろうか。
問題は、米国自体が貧しくなったことではない。
国全体としての豊かさと、
一人ひとりが実感する豊かさとの間に、
深い隔たりが生まれていることにある。
資本主義は、
自由な競争を通じて新しい価値を生み出し、
努力や工夫によって豊かさを広げていく仕組みだ。
米国はこの仕組みを活用することで、
世界経済を牽引してきた。
起業家精神、技術革新、巨大な国内市場、
世界中から集まる人材。
これらが相互に作用し、米国の繁栄を築き上げた。
移民もまた、
その繁栄を支える重要な存在だった。
新天地で人生を切り開こうとする人々が労働力となり、
企業を興し、産業を発展させてきた。
米国は、異なる背景を持つ人々に
「機会を提供」することで、国力を高めてきた。
生まれが旧ソ連(ロシア)の
グーグル共同創業者セルゲイ・ブリン氏、
南アフリカ出身でテスラなどの
創業者イーロン・マスク氏、台湾出身の
エヌビディア創業者ジェンスン・ファン氏など、
約5000万人いる外国生まれの
移民は米国で世界有数の企業をつくり莫大な富を築いてきた。
ところが、国の経済が成長しても、
すべての国民が同じように豊かになれるとは限らない。
生活費の上昇や住居費などの負担が重くなれば、
所得が増えても暮らしに余裕を感じられない人が出てくる。
教育や住宅、医療など、
人生の基盤となるものを確保することが難しくなれば、
将来への見通しも暗くなる。
ここで重要なのは、
現在の生活が苦しいという問題だけではない。
「いまは苦しくても、努力を続ければ将来はよくなる」
という期待が失われつつあることだ。
人は、現状に不満があっても、
未来に希望を持てるならば努力を続けられる。
しかし、努力しても報われない、
親の世代より豊かになれるとは限らない、
子どもには自分よりよい生活を送らせられない。
そう感じる人が増えれば、
社会を支えてきた価値観そのものが揺らぎ始める。
アメリカンドリームの危機とは、
単に成功者が減ることではない。
成功できるという期待が社会の中で弱まることなのだ。
経済への不満は、
やがて政治への不信へとつながるのが常だ。
資本主義は、自由な競争と市場の働きを通じて富を生み出す。
しかし、市場が生み出した
「富がどのように分配」されるのか、
競争に参加する「機会がどれほど公平」なのかという問題まで、
自動的に解決してくれるわけではない。
一部の企業や富裕層が大きな利益を得る一方で、
多くの人々が生活の不安を抱え続けるならば、
国民は制度そのものに疑問を持つようになる。
自分たちが働き、税金を納め、
社会を支えているにもかかわらず、
政治は自分たちの声を聞いていないのではないか。
経済のルールは、力を持つ人々に
都合よくつくられているのではないか。
こうした疑念が広がれば、資本主義に対する信頼は弱まっていく。
さらに深刻なのは、
資本主義の現状への不満が民主主義への失望にまで及ぶことだ。
民主主義は、選挙によって
代表者を選ぶだけの仕組みではない。
異なる意見を持つ人々が共存し、権力を監視し、
社会の問題を議論しながら解決していく制度だ。
その前提には、自分の意見が政治に
反映される可能性があるという信頼が必要になる。
しかし、政治に参加しても生活が改善しないと
感じる人々が増えれば、議会や政党、
政府への不信が強まる。
やがて、複雑な議論や妥協を
重ねる民主的な手続きよりも、
強い指導者が一気に問題を
解決してくれることを望む声が大きくなる。
そこには、民主主義が抱える一つの逆説がある。
民主主義への失望が強まるほど、
民主主義の手続きを軽視する指導者が
支持を集める可能性が出てくるのだ。
米社会では、政治的な対立が深まり、
国民が共有してきた価値観も揺らいでいる。
国家への誇り、愛国心、宗教など、
かつて人々を結びつけていたものへの意識が変化する一方、
政治的な立場によって社会が分断され、
相手の意見を理解しようとする余地が狭まってきている。
こうした環境の中で、強い指導者への期待が高まった。
トランプ氏は、既存の政治や制度に不満を持つ人々に対し、
強い言葉で現状の打破を訴え、
従来の政治指導者とは異なる姿勢を示すことで、
大きな支持を集めた。
しかし、指導者に権力が集中することと、
社会の問題が解決することは同じではない。
むしろ、強い指導者が既存の制度や手続きを障害とみなし、
権限を拡大していけば、
民主主義を支える仕組みが弱体化する危険がある。
米国の政治制度は、大統領、議会、
司法がそれぞれの権限を持ち、
互いを牽制することで権力の集中を防ぐよう設計されている。
大統領が強い権限を持つとしても、
その行使には議会や裁判所による監視が必要だ。
選挙で選ばれた指導者であっても、
あらゆる権限を自由に行使できるわけではない。
ところが、議会が党派対立によって十分に機能せず、
政治的な忠誠心が制度を守る意識を上回るようになれば、
権力を抑制する仕組みは形骸化しかねない。
司法の独立や憲法上の制約が軽視されるならば、
民主主義の根幹が問われることになる。
トランプは、
国家の緊急事態の権限を拡大解釈して関税を発動したが、
本来関税についての権限を持つはずの
米議会はそれを止められなかった。
さらに議会の承認を得ないまま
ベネズエラやイラン攻撃に踏み切った。
民主主義を守るために必要なのは、
特定の指導者を支持するか否かだけではない。
誰が大統領であっても、権力には限界があり、
法律と制度に従わなければならないという
原則を社会全体で共有することなのだ。
米国の変化は、世界の問題でもある。
米国は、世界経済や国際金融、
国際安全保障に大きな影響力を持つ国だ。
その政治や経済の方向性が変われば、
各国の政策や企業活動、国際関係にも影響が及ぶ。
自由貿易や国際協調を重視する姿勢が変化すれば、
世界の国々は自らの立ち位置を改めて考えなければならなくなる。
同時に、米国で起きている現象は、
現代社会に共通する課題を映し出している。
経済成長の「成果を誰が享受」するのか。
技術革新や国際化によって生まれる
「利益と負担」をどう分かち合うのか。
政治に対する不信が高まったとき、
民主主義はどのように「信頼」を取り戻せるのか。
これらは、米国だけでなく、
現在、多くの国が直面している問題なのだ。
経済成長は重要だ。
しかし、国内総生産や株価が上昇しても、
人々が将来に希望を持てなければ、
社会の安定は保証されない。
国の豊かさを測るには、
どれほどの富を生み出したかだけでなく、
その富が人々の生活にどのようにつながり、
次の世代にどのような機会を与えているかを考える必要がある。
一つ確かなことは、
経済への不満と政治への不信が深く結びついた社会では、
制度の正当性そのものが問われるということだ。
必要なのは、経済成長を否定することでも、
強い指導者を求める人々を一方的に批判することでもない。
人々が努力する意味を感じられる環境を整え、
経済の恩恵をより広く実感できるようにし、
政治が国民の声に応えているという信頼を回復することなのだ。
同時に、民主主義を単なる多数決と捉えず、
少数意見の尊重、法の支配、
権力の監視を含む制度として守り続けなければならない。
短期的な成果を求めて権力を集中させれば、
長期的には社会を支える仕組みそのものを損なう可能性がある。
アメリカンドリームは、
生まれた環境だけで人生の可能性が決まるのではなく、
努力と挑戦によって未来を変えられるという希望だったはずだ。
繁栄の国アメリカはなぜ変わったのか?
答えは、異なる背景を持つ人々に
「機会を提供」することで国力を高めてきた米国が、
成功者の富を維持する税制に変えたからではないか。
具体的には所得税の累進性の減退、
減税システムと、消費税の導入だ。
今の米国は、上位0.1%が
全家計の富の15%を占有する一方で、
下位50%は2%しか保有していない。
資産を持つ層からの徴税を減らし、
下位から消費税を徴収することで、
政府の税収は恒常的に不足するようになり、
行政サービスも低下した。
これは事実上、
下位50%が成功する「機会を奪っている」。
つまり、税制がアメリカンドリームを経済的な危機に、
ひいては民主主義の危機に変えたことになる。
この傾向は世界共通だ。
資本主義国だけでなく、
社会主義国も同様だ。
金は権力で、権力は常に拡大しようと画策する。
民主主義を変えても、
王政や社会主義の強い指導者が
誰にでも「機会を提供」することはない。
むしろ、多くの人々にとっては
もっと「機会は奪われる」のが現実だ。
そうなる前に、民主主義の枠内で、
貧富格差を是正する税制に変えることが必要なのではないか。