台湾問題と日本
8月2日夜に、米ペロシ下院議長が台湾を訪れたことで、
中国は台湾を取り囲む海域で大掛かりな軍事実弾演習を行った。
日本の領海にも5発のミサイルが落下した。
そのことについて、ニューヨークタイムズは
「5発のミサイルは、中国が日米に送った台湾での厳しいシグナル」と題し、
以下のように報道した。
(以下に翻訳して引用、URLまで)
北朝鮮は何年にもわたって、大きな衝突とはならずに、日本の海域にミサイルを発射してきた。しかし、ますます強力で攻撃的になっている中国が、木曜日に軍事演習の一環として同じことをしたことで、日本政府から米政府に至る政治上、安全保障上の領域に鋭い懸念を抱かせることになった。
中国政府が台湾の東、日本の海域に5発のミサイルを打ち込んだことは、台湾の有事の際に支援を行うことについて、米国と日本の両国に警告を与えるものだと、アナリストたちは述べる。
中国政府は米政府に、台湾だけでなく、沖縄の嘉手納空軍基地のような同地域の米軍基地や、どの海兵隊の侵攻部隊も攻撃できることを思い出させたいとしていると、元国防省高官で、現在はワシントンの戦略・予算評価センター長官のトーマスGマーンケン氏が述べた。
また、中国政府は日本人にも、沖縄に米軍基地があることで、日本が標的になることを思い出させると、同氏は付け加えた。
スタンフォード大学の日本の外交関係の専門家であるダニエル・シュナイダー氏は、中国は「台湾を封鎖する能力があることを示し、台湾の支援をしようとする国々、米国と日本に、彼らも標的にできると非常に明白なメッセージを送りたいのだ」と、述べた。
「もし、日本にいる誰かが、台湾海峡での紛争に関わることを避けることができると思ったとしたなら、中国はそれはあり得ないことだと示した」と、同氏は付け加えた。
参照:With 5 Missiles, China Sends Stark Signal to Japan and U.S. on Taiwan
https://www.nytimes.com/2022/08/04/world/asia/china-japan-taiwan-missiles.html
中国はかねてから台湾は不可分一体な自国の領土だとし、統一を拒むならば、軍事侵攻も辞さないとしている。台湾が統一を拒むならばというよりは、米軍の牽制がなければ既に侵攻していたとする方が正確だろう。
今回のペロシ氏の訪台は、将来的な米軍の関与を強く示唆することになったため、中国はその態度を再度明確にすることになったのだ。
これは、台湾海峡は米中が交戦していないだけで、既に「有事」の状態にあることを意味している。
黒海では、ロシアとウクライナが交戦中にも関わらず、穀物船などの運航が再開された。同じように、米中が交戦することになっても、台湾海峡や、南西諸島の運航が完全に阻害されるとは限らない。
しかし、エネルギーのほぼ全て、食料の大半を輸入に頼る日本は、北方面に対してはウクライナ侵攻によるロシア制裁で外交官を追放するなど、「平時」とは呼べなくなっていることに加え、南西方面でも「きな臭い」状態になってきた。
そこで、日本経済や資金運用に関しても、台湾問題を整理しておく必要を感じている。
まずは、台湾の簡単な歴史をウィキペディアの記述から抜粋する。
(以下、ウィキペディアから)
台湾島は、漢民族が同島に移住し始めた17世紀における大航海時代のオランダ及びスペインの植民まで、台湾原住民が主に居住していた。清は台湾島を併合した。
1895年に日清戦争の結果として、台湾は清から日本に割譲されて台湾総督府が統治する日本領台湾になった。
1912年に孫文を臨時大総統とする中国を代表する国家として「中華民国臨時政府」が成立した。
1945年の日本の降伏文書調印により、台湾は中華民国の施政下に編入された。
1949年に毛沢東を主席とする中華人民共和国が建国された。
中華民国は国共内戦で中国共産党の中華人民共和国に敗れて大陸地区から放逐され、1950年以降は台湾島へと移転。1971年までは国際連合安全保障理事会常任理事国を務めた。
冷戦下の1971年に、中ソ対立の文脈の中で、アメリカ合衆国をはじめとする西側諸国と、ソビエト連邦をはじめとする東側諸国との間で政治的駆け引きが行われた結果、国際連合における「中国代表権」が、アルバニア決議によって中華人民共和国に移され、中華民国は国連とその関連機関から脱退した。
1972年にアメリカ合衆国大統領リチャード・ニクソンが北京を訪問し、中華人民共和国を承認する意向を見せると、アメリカの影響下にある多数の西側国家がこれに同調し、日本はモンゴル人民共和国・中華人民共和国を承認して中華民国と断交。アメリカはその後、1979年、最終的に中華人民共和国を「中国の代表権を有する正統政府」として承認した。
2021年時点では中華民国を正式に国家として承認している国は14か国に留まる。
(以上、ウィキペディアより)
今回のペロシ氏の訪台を、火遊びであるとか、危機を高めたという見方もあるが、私はそうは見ていない。むしろ、中国への関与が遅すぎて危機にしてしまったと見ている。
米国はニクソン訪中以来、中華人民共和国に好意的な政策を取ってきた。その姿勢が変わったのは、2011年11月にオバマ大統領が訪問先のオーストラリア議会での演説でアメリカの世界戦略を「対中国抑止」へと転換することを宣言した時で、約40年ぶりに米中関係は再び対立の時代に入ったことを意味する歴史的演説となった。
それまで、天安門事件のようなことがありながらも、米国が中国寄りの政策を取ってきた理由を、私は経済的な利益に見ている。つまり、人口的に世界最大の市場を積極的に支援することで、その成長の分け前に預かろうとしたのだ。
では、どうして「対中国抑止」へと転換することになったのか? 中国が2010年に僅かながらも日本を追い抜き、米国の当面のライバルとなったからではないか?
その後、中国は2013年から一帯一路政策や、アジアインフラ投資銀行構想を打ち出し、名実ともに米国のライバルとなる道を歩んできた。米国が民主主義国家である中華民国(台湾)を捨て共産党の中華人民共和国を選んだのも、同盟国として忠実な日本を踏み台に中国の成長支援を行ったのも、単に経済的な野心に過ぎないと見抜いていたので米国に従う意志がなかったのだ。
私見では、国際社会が中華人民共和国を選び、中華民国を捨てたのがこうした危機に繋がったと見ている。なぜなら、中華人民共和国は共産党員だけを人民だとする国家で、共産党員以外は、義務はあっても権利がない、再教育の対象とされるものだからだ。その意味では、ウイグル自治区やチベット、香港などで行っていることは、中華人民共和国である限り当然のことで、体制が変わらない限り続いていく。
これは中華人民共和国が台湾を自国の領土と見なし、併合すれば繰り返されることになる構造上の問題で、疑問の余地がないと言ってもいいものなのだ。つまり、今の台湾の人々はほぼ全員が再教育の対象とされることになる。
それが分かっていて、世界や日本が中華人民共和国の暴力行使を見て見ぬふりをするのかが問われているのだ。これまでの世界は経済的な利益に目がくらみ、中華人民共和国自らが主張し、正しいと言い続けている本質を見ようとしなかっただけなのだ。
では、今後の日本はどうすればいいか?
中国と争って得になることはない。ロシアと争って得になることはない。米国に従うと損ばかりさせられる。
とはいえ、中華人民共和国は多様性を受け入れない。ロシアに近付いてもいいことはない。米国には事実上、逆らえない。
これでは逃げ場がないようにも思えるが、これは米中ロ以外のどの国にも当て嵌まることで、日本だけが厳しい状況にあるのではない。ウクライナや台湾、あるいはいくつかのイスラム諸国がその最前線にいるということなのだ。
もっとも、日本のように経済成長を止めた国は紛争当事国を含めても他にはないので、日本はそうした経済戦争の最前線にいるのか、あるいは政治家が自国民のためには働いていないのだろう。
一方で、米中ロの人々が、日本やその他の国々の人々よりも恵まれている、あるいは幸せかと言うと、少なくともデータはそんなことを示唆していない。
そうして見ると、置かれた状況がどんなものであれ、自分たちにとって大切なのは、日々の生活、自分の周りの出来事で、自分が正しいと思うことをし続けることしかないのではないか?
日本経済や資金運用に関しても同じで、世の中の流れを見極めながらも、目の前のこと、自分にできることを精一杯やることではないか?
<講師プロフィール>
矢口新(やぐち あらた)
1954年生まれ。
金融業界の第一線で30年以上にわたり活躍し続け、
プロディーラーにも師と仰がれる天才ディーラー。
東京・ニューヨーク、ロンドンと世界3大金融市場で活躍し、
さらには為替、債券、株のすべてに関わるという
非常に稀有なキャリアを持つ。
相場を動かすプロの裏の裏まで知り尽くしており、
投資を真剣に学びたいという意欲ある方々との交流にも熱心。
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