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「お前百まで、わしゃ九十九まで」だけが幸せか?

こんばんは、矢口新です。

CNNの報道では、2025年9月3日、
中国北京の天安門広場で行われた軍事パレードを前に、
習近平国家主席とロシアのウラジーミル・プーチン大統領、
北朝鮮の金正恩総書記が、
150歳まで生きる可能性について話し合う様子が捉えられた。

その会話は3人が軍事パレードの観覧席に向かって
並んで歩いている際に交わされたもので、
生中継の映像が捉えていた。
通訳を介した会話の一部がオンになっていたマイクに拾われた。

映像の後半で、
習氏が母国語で
「今は70代でもまだ若い」
と発言したのに対し、
プーチン氏の通訳と思われる人物が、
「バイオテクノロジーが発展し、
数年後には人間の臓器は絶えず移植されるようになり、
ますます若々しく生きられるようになる。
不死になることさえあるだろう」
と述べ、
習氏は
「今世紀には人類が150歳まで
生きられるようになるとの予測がある」
と答えた。

プーチン氏は後に記者団に対し、
ふたりが150歳まで生きることについて
話し合っていたことを認め、
「現代の治療法や医療手段、臓器移植に関連する
あらゆる種類の外科的手段によって、
人類は今日とは異なる形で活動的な生活を続けるという
希望を抱くことができる」、
「国によって平均年齢は違うが、
それでも平均寿命は大幅に延びるだろう」
と述べたとされる。

この会話は、権力欲や長寿技術への興味を
反映したものと受け止められ、物議を醸した。

会話の時点では両氏共に72歳だったが、
プーチン氏は1952年生まれ、習氏は53年生まれだ。
1歳違いなので、プーチン氏が100歳になれば、習氏は99歳になる。
両氏は長寿を願っていると思われるが、
一方で、両氏によって命を奪われた政敵は数多い。
政敵らも長寿を願っていたのかも知れないが、
両氏によって短命に終わらされた。
とはいえ、どちらが幸せなのかは、本人たちにしか分からない。

「お前百まで、わしゃ九十九まで」は、
夫婦が仲むつまじく、
共に長生きしようと長寿を願うことをいう。
このあと「共に白髪の生えるまで」と続く俗謡から出た句だ。

妻が夫をお前と呼び、
自分をわしと呼ぶ時代や地方があるので、
これだけでは夫婦のどちらが発した言葉かは分からない。
どちらが年上かも分からない。
またここまで長生きした後に、
先に逝った方が幸せか、
残されてより長生きした方が幸せかも分からない。
何故なら、命の長さと、幸福とは別物だからだ。

この年(今年72歳)になって、
父が私に諭してきた生き方が
理解できるようになってきた気がしている。
端的に言えば「盾になれ」ということだ。
何の盾か? 
昔ならば城主や天皇、
今ならば家族なのかも知れない。
事に備えて生き、盾になって死ねということだ。
今になって分かったというのは、
幼少時から無意識に感じ、
覚悟させられてきたことが、
言葉として理解できるようになったという意味だ。

少年時代から既に長生きしたいと思ったことはないが、
60歳を超えた頃からは、何時でもいい、
天が決めてくれた時に従う気持ちでいる。
父方の祖父は66歳で、父は52歳、姉も63歳で逝った。
私もいつでもいい。

現住所に引っ越して1年になる。
前の所もそれなりに満足できたが、
ここはほぼ毎日、私を幸せにしてくれる。
朝日が見られるからだ。
時々、月もきれいに見られるからだ。
もしかすると、私の人生で今が一番幸せかも知れない。
面白い人生だったが、面白いことと幸せとは同じではない。
また、今に殊更満足している訳ではない。
とはいえ、満足や不満と、幸せ不幸せとは同じではない。
太陽と月だけで、人は幸せになれるのだ。

一方、今一番恐れていることは、
子供や孫に先立たれることだ。
次に恐れていることは、自分の心身が叶わなくなって
子供や孫に迷惑をかけることだ。
長寿はそのリスクを高めるので、天の適当な計らいに期待している。
「盾になって」死ねれば本望だ。

こんなことを書いているのは、
アマゾンプライムで観た映画に刺激されたからだ。
メルボルン大学に入る前の3カ月ほど、
シドニーの英語学校にいたことがあるので、
シドニーが舞台だという映画を観てみたのだ。
シドニーの特徴はこれといってなかったが、
内陸部は思い出にある景色だった。私の中ではいい映画だ。

1時間40分の映画だが、基本的な出演者は3人だけ、
2人が主演、1人が助演だ。
主演の2人は死ぬ前に幸せを見つけ、
助演の1人は主演1人のその手助けをする。
そして、助演者だけが生き続けることになる。
思い出が、その後の人生を支えていくのだろうか?

短命に終わった2人と、残された1人。
どちらが幸せかは分からない。
命の長さと幸福とは別物だからだ。
命は大事にしたい。

参照:ムーンロック・フォー・マンデー
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0BXQ5ZC29/ref=atv_hm_hom_c_E6DOit_62_1

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