(矢口新)誰も見たことがない相場環境(後半)
From矢口新
本日は、
昨日公開したブログの続きとなる。
前半をまだ見ていない方は、
前回のブログを見ていただきたい。
後半
↓
4、史上最大の資金供給からの回収
コロナ対策による前代未聞の急ブレーキと急発進があったとはいえ、
史上最大の資金供給が始まったのは、
コロナ対策で殺してしまった経済を生き返らせる時ではない。
米国はリーマンショック後に、
日本はアベノミクスで、前代未聞、異次元と呼ぶ資金供給を始めた。
参照図02:米連銀バランスシート(出所:米連銀)
こうした未曾有の金融緩和が必要だったかどうかを正当化できるのは結果だけだ。米国は経済成長を取り戻し、株価も上がったが、高インフレにもつながった。
そこで、米連銀はこの流れを反転させる。米株は図02に概ね連動してきたので、株価が下げることも十分に納得がいくのだ。
一方で、日銀の方は緩和政策の継続を明言している
参照図03:日銀の資金供給量(出所:日銀)
日銀は少なくとも次回7月20日に予定されている会合までは、10年国債を0.25%で買い取る「指値オペ」を毎営業日行うと明言している。国債の買い取りは、資金供給を意味するので、資金供給量が減少する見込みはない。
また、株式のETFの購入枠も12兆円を維持し、現状ではまだ年内11.6兆円近く残している。2021年以降の購入は概ね売られたところをサポートする形で行っているので、日本株の大崩れは考えにくい。
株価の大崩れがなくても、それで日銀の金融緩和が正当化できるかどうかは疑わしい。株価の上値はもはや見込み薄となっている上に、確かに狙い通りにインフレ率は上昇しているが、経済そのものは成長を止めた状態が続いているからだ。つまり、物価上昇が賃金上昇に結びつく可能性は低く、国民にインフレ負担を強いるだけだからだ。
もっとも、経済成長や税収増がなくなったのは、1989年度からの税制改革が主因だと見るべきで、日銀による尻拭いも限界が近付いたとするのがより正確かと思う。
この辺りも、先に参照で挙げた拙著に詳しい。
5、地球温暖化と疫病
地球温暖化と、新型コロナウイルスに象徴される疫病も、過去の経験則の1部だけを抜き出して、「長期投資こそが安全で確実」とすることを疑問視する根拠だ。地球温暖化のこのレベルの進展は、人類史上では初めてのことだからだ。
各地で猛威を振るい続けている異常気象は、地球温暖化が原因だと断定しても差し支えないかと思う。また、地球温暖化がもたらす高温多湿は、疫病の原因となる細菌やウイルスを活性化させる。これは経済にとっても大きなリスクで、時間をかければ必ず報われるという長期投資楽観論を否定する。
ちなみに最近、米国のコロナ対策の医療面でのトップだったファウチ氏がコロナに感染した。一方で、日本では人出の多かったゴールデンウイークを過ぎても、感染者が減ってきている。
こうして見ると、ロックダウン、自粛、ワクチン、マスクなど、人為を尽くしてもコロナ感染を防ぐことは難しく、結局はウイルスと人類との過去の関係の法則に沿ったものだったように思える。私が何度もご紹介してきた「疫病と世界史(マクニール著)」に書いてある通りだったように思う。
世界にはこうした凄い人が凄い著書を残してくれているのに、ほとんどの国の政府は時間をかけるというリスクを取ることが出来ずに、パニック的に「前代未聞の急ブレーキと急発進」を行った。
つまり今後の疫病でも、(今でも中国が行っているように)施政者たちが「経済を殺す」リスクを冒す可能性を否定することが出来ないのだ。しかし、次回からはその後に「未曾有の資金供給」を繰り返す体力があるかどうかは分からない。仮にその体力があれば、またインフレを誘発すると見ていていい。
6、景気後退
インフレは、そのままコスト増と購買力の低下を意味する。昔は、「インフレなき経済成長」が理想とされたのに、なぜ、中央銀行が経済成長や雇用市場に触れずに、「インフレ率の上昇」を政策目的としたのかが分からない。
米国の例だが、インフレは最終的に景気後退を伴って終える。つまり、コスト増と購買力の低下が経済成長を阻害することで景気後退に至り、そうした需要の低下がディスインフレに繋がってきたのだ。
下図04の青の折れ線グラフは、個人消費支出物価指数の推移、グレーの折れ線グラフは、食料とエネルギー価格を除いたコア指数の推移だ。薄いグレーの陰の部分は、景気後退(2四半期連続以上のマイナス成長)の時期だ。
参照図04:米PCEデフレーターの推移(出所:ウォールストリート・ジャーナル)
日本のインフレは国内需要がもたらしたものではなく、海外発だ。これは日銀の黒田総裁も以下のように述べている。
「現在の物価上昇は基本的に国際的な資源価格の上昇によるもので、一種のコストプッシュ型インフレであり、日本の交易条件が悪化し所得が海外に流出するというかたちで起こっている。我々がめざしている物価上昇とは異なっているのは間違いない」
「いまの物価上昇は、むしろ景気に対する下押し圧力になっている。そういうときに金利を上げると、あるいは金融を引き締めると、さらに景気に下押し圧力を加えることになってしまう。何回も言うが、日本経済がコロナ禍から回復しつつあるというものを否定してしまう。経済がさらに悪くなってしまうということにほかならない」
「金融引き締めをする、金利を引き上げるということをすれば、当然、経済はさらに下向きに動いてしまう。景気も悪くなるというだけでなく、経済成長も大きなマイナスになるといったおそれがある。今の時点で、金融の引き締めを行うのは適切ではない」
この声明そのものには異存はない。「いまの物価上昇は、むしろ景気に対する下押し圧力になっている。そういうときに金利を上げると、あるいは金融を引き締めると、さらに景気に下押し圧力を加えることになってしまう」のだ。
では、自らがこれまで目的としてきた物価上昇をどうするのかと言うと、異次元緩和の継続では、インフレという火に油を注ぐだけなのだ。
端的に言えば、日本のこれ以上は望めないほどの超緩和的政策では、20数年かけても経済成長が得られなかった。そして、金融政策では海外発のインフレは防げず、インフレがもたらす景気後退にも無防備だということだ。つまり、日本は金融政策を出し尽くしてしまい、今は(税制改革以外に)打つ手がないと言える。
7、戦争(恩恵は資源国と軍需産業だけ?)
ロシアのウクライナ侵攻が誘発した世界規模の経済戦争は、世界の多くの人々に多大なコストを強いている。恩恵があるとすれば、値上がり益が享受できる資源国や関連企業と、需要が高まった軍需産業だけかも知れない。
コストの一例として、以下にブルームバーグの記事を引用する。
(引用ここから、URLまで)
資産運用大手のパシフィック・インベストメント・マネジメント(PIMCO)は、ロシアをデフォルト(債務不履行)に追いやる厳しい制裁が投資家に及ぼす影響について米財務省に警告した。
PIMCO幹部は、運用会社がロシア関連資産の評価額引き下げを迫られた場合に米年金基金に発生する損失を財務省に説明した。事情に詳しい関係者が明らかにした。
ロシアがデフォルトすれば、債権者に支払われるはずだった外貨準備がプーチン大統領の手元に残り、軍事資金が増えることになるとも説いた。非公表の問題だとして関係者らは匿名を条件に語った。
先月発表された1-3月(第1四半期)の保有資産報告によると、PIMCOは最大ファンドの「インカム・ファンド」で約18億ドル(約2400億円)相当のロシア国債を持ち、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を通じたエクスポージャーもある。
PIMCOの広報担当者は「顧客に対する受託者責任を考慮して、ロシアが債務不履行に陥った場合の重要な結果の幾つかを説明するために米財務省と接触した」と明らかにした。
ロシアは全ての債務を履行しているとしているが、米国と欧州連合(EU)の制裁強化でロシアからの支払いは外国人投資家の元に届いていない。このため外貨建てロシア債を保有する運用会社は厄介な立場に追い込まれている。
米財務省外国資産管理局(OFAC)の担当者はロシア制裁に関するPIMCOとの話し合いについてコメントを控えた。
参照:ロシア制裁で米年金基金が損失、PIMCOが財務省に警告
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-06-14/RDGQ9HT0AFBA01?srnd=cojp-v2
北方領土周辺水域での漁業も同様だ。ロシアのトルトネフ副首相は6月10日に、北方四島周辺で日本側に割り当てられた漁業権は「取り上げられるだろう」と述べた。日本が漁業権割り当てに対する支払いを拒否していると話し、責任は日本側にあるとの見方を示した。
これらはすべて、対ロシア制裁により、ロシアを西側の世界市場から締め出したことで起きている。
ロシアは全ての債務を履行しているとするが、米政府は金融機関にロシアとの取引を禁じているので、投資家は受け取る手段がない。
日本は漁業権割り当てに対する支払いをしようとしているが、ロシア政府に手渡しでもしない限り、送金の手段がない。仮に手渡ししたとすれば、ロシアの戦争に協力したとして日本側が制裁を受けることになる。
つまり、世界は既に分断されており、少なくとも当面は以前のように戻る見通しはない。その当面が数十年にもなる可能性すらあるのだ。
このように、今の世界は2021年までの世界とは全く違うのに、何を根拠に「長期投資こそが安全で確実」などと言えるのか?
投資は日常生活と同じだ。毎日の生活も、意識する、しないに関わらず、リターンとリスクの兼ね合いの連続だ。毎日の生活で、何かが起きればその対処をするしかない。投資も全く同じなのだ。
ディーラーなどは、瞬間、瞬間に起き続けているそうした変化への対処を続けている。こうあるべきだ。こうなるはずだ。そうした拘りは、迅速な対処を遅らせるものとなる。
日常生活のどこにも「安全で確実」なものなどないのに、長期投資だけが例外だとするのは、ミスリーディングだと言っていい。
<講師プロフィール>
矢口新(やぐち あらた)
1954年生まれ。
金融業界の第一線で30年以上にわたり活躍し続け、
プロディーラーにも師と仰がれる天才ディーラー。
東京・ニューヨーク、ロンドンと世界3大金融市場で活躍し、
さらには為替、債券、株のすべてに関わるという
非常に稀有なキャリアを持つ。
相場を動かすプロの裏の裏まで知り尽くしており、
投資を真剣に学びたいという意欲ある方々との交流にも熱心。
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