英トラス首相辞任が投げかけた問題
2022年9月5日に就任した英トラス首相は、45日後の10月20日に辞任した。辞任の理由は、9月23日に発表した減税案が、財源の裏付けがないために財政収支を悪化させ、政府債務をさらに膨張させるとして嫌気されたからだ。また、所得税の上限を引き下げるなど、富裕層を優遇する内容だったことも支持率の低下に繋がった。
公的債務は国民全員で負担する。一方で、富裕層向けに減税すれば、貧富格差が拡大する。インフレ負担が低所得層ほど重いことを鑑みれば、傷口に塩を塗るような減税案で、国民の大半の支持を失ったことは当然だったとも言えた。また、公的債務膨張懸念で債券が売り込まれ、英長期国債の利回りは一時1%以上も急騰した。
しかし、英9月の消費者物価指数が前年比+10.1%だったように、問題の本質は減税案ではない。減税案発表前日の22日には、BOEが7回連続の利上げを行っていたのだ。そのため、英国債はトラス首相就任前から売られ続け、利上げで加速し、減税案で破滅的な展開となった。そこで28日にはBOEが市場介入し、英国債を買い支えることになった。そして、辞任直前の10月14日には減税案が取り下げられた。
BOE介入時点では、多くの企業年金が破綻の一歩手前だったと報道された。確定給付を約束している年金は、2009年初めから続いていた超低金利政策のために利回りが確保できず、長期国債にレバレッジをかけるデリバティブ運用を行っていたからだ。
レバレッジは諸刃の剣だ。0.5%クーポンの40年国債に4倍のレバレッジをかければ、同じ資金で2.0%相当の金利が得られるが、値下がり時には損失が4倍になる。多くの企業年金は追証が払えずに長期国債を投げ売りし、債券価格の暴落を加速させた。
英国のこの年金危機はBOEの市場介入、トラス首相辞任、スナク首相就任で当面は過ぎ去った。とはいえ、本質的な問題は何1つ改善していない。
英トラス首相辞任が投げかけた問題は、日本の岸田首相を震撼させてもいいようなものだ。
2021年末の英国の公的債務はGDP比108.5%だった。日本の財務省の資料にある最初の年2006年の40.5%からほぼ毎年増え続け、2020年に初めて100%を超えた。
一方、日本の2006年の公的債務は既にGDP比174.0%で、この時点でも世界の標準では危機的だ。そして、こちらもほぼ毎年増え続け2021年末は256.9%となった。また日本は1995年から超低金利政策を続け、1997年3月以降は政策金利が1度も0.5%を超えたことがない。運用難の期間も英国よりはるかに長く、程度もより深刻なのだ。
日本の公的年金GPIFの運用成績も3四半期連続のマイナスで、この6-9月期は運用資産商品すべての成績がマイナスだった。これが続くと将来の年金支給額の減少、保険料の値上げが避けられなくなる。
それでもこれまで日本が何とかやってこられたのは、基本的には出資者に多くを支払わないできたこと。いまだにマイナス金利政策を続けていること。10年国債を0.25%で購入する指値オペを続けることで、国債の値下がりを許さないことなどが要因だ。
しかし、こうした政府・中央銀行による強権政策は問題を解決するものではなく、損失の先送りに過ぎない。また、インフレや円安を放置するなど基礎体力を消耗させるだけでなく、将来のリスクを大きくする。
こうした日本政府の姿勢が、日本が1997年度を境に成長を止めたこと。企業も大学も競争力を下げ続けていること。世界的に国民の生活水準が向上するなかで、日本だけが停滞、もしくは悪化していることなどと無縁ではないように思える。
英年金基金が英国債をレバレッジを掛けて運用していて今回の金利上昇で失敗してマージンコールに追い込まれてしまったという記事が報道されておりましたがマージンコールについて説明して頂ければ幸いです。日本の年金基金も超低金利ですので英国と同じようにレバレッジを掛けているとすれば非常に心配です。