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人生の檜舞台

こんばんは、矢口新です。

冬季オリンピックが終わった。今回のオリンピックでは、
日本チームが過去最大のメダルを獲得したが、
それ以上に高水準のパフォーマンスが楽しめた。

りくりゅうが金メダルに輝いたから言うのではないが、
これまでも私はフィギュアスケートではペアが最も好きだった。
何故なら、最も波乱が多いからだ。
どの種目もギリギリの高難度や見せ方を競っているのだが、
ペアはそれをシンクロで行うので、
曲芸難度の度合いが掛け算となるはずだからだ。
同じようなことは、今回からの新種目となった
スキーのデュアル・モーグルにも言えた。
曲芸のような滑りを同時に競い合うことで、
ハプニングの要素が加わった。

限界に挑戦しているアスリートたちには感動するし、
勇気の大切さも教えられる。彼らにとって、オリンピックは人生の檜舞台だと言えるだろう。

年端もいかない若者たちの活躍を日本中が感動する。
他人の檜舞台を見て、我が事のように感動する。
それはそれでいい。実際に私自身もそうだ。
スノーボードの曲芸などは、何度見ても飽きない。
確かに彼らの1つのものに打ち込む姿は素晴らしい。

しかし、世の中は檜舞台で演じる人たちと、
それを見て感動する人たちに分かれているものなのだろうか?
そうではないだろう。
おそらく、オリンピックのメダリストたちも、
大谷翔平や他のアスリートの活躍を見て感動しながら、
自分の得意の檜舞台を見つけたはずだ。

スポーツだけに限らない。
檜舞台はもともと演劇から来ているし、
音楽や文学、科学、職人芸なども、
檜舞台で演じていると見なすこともできる。
見ているだけでなく、自分が行動し、
1つのものに打ち込めば、
誰でも自分の得意な檜舞台に立てるのだ。
自分の人生は自分にしか演じられない。
人生では自分が常に主役で、世間の人々はすべて脇役なのだ。

人生の檜舞台は、アスリートたちのように、
必ずしも人と競い合う必要はない。
誰かと競争し、誰かに勝たねばならないのなら、
私などは一生檜舞台に立てなかった。
しかし世間には相場のように、
誰かと競争して勝たなくても、
十分に檜舞台に立てるようなものがあるのだ。

相場は自分との戦いだ。誰にも勝てなくても、
自分に勝つことさえ出来れば、
アスリートたちのように檜舞台で輝くことができるのだ。

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