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異次元緩和は成功だったのか

退任が決まっている黒田日銀総裁は3月10日の記者会見で、
「異次元緩和は成功だったのか」の問いにこう答えた。

「日本経済の潜在的な力が十分発揮されたという意味で金融緩和は成功だった。
他方、長期的な潜在成長率を決めるのは生産年齢人口と技術進歩率だ。
それは金融政策が直接的に影響するよりもっと構造的な問題だ」。

この答えで分かったのは、
同氏は「異次元の世界」で生きているということだ。

日本経済が1997年度以降に成長を止め、世界経済から取り残されたことや、
日本の競争力がトップから先進国の下位にまで落ちたことを鑑みれば、
「日本経済の潜在的な力が十分発揮された」というのは、
我々が生きている世界とは違う、どこの次元の見方なのだろうか?

また、生産年齢人口が減少し、技術進歩率が低下した「構造的な問題」を、
野放しにするどころか積極的に悪化させてきたのは政府や日銀の政策だ。

そのことに関しては、既に1冊の著書にまとめているので、
ここでは拙著から金融政策に関する部分を抜粋、引用する。

(「日本が幸せになれるシステム 年金、医療制度の守り方」から引用、URLまで)

前首相の安倍氏は連続在任2822日、第一期と合わせれば在任通算3188日と、共に歴代最長の記録を塗り替えた。このことは、過去2、30年の日本経済がパッとしないとすれば、歴代最大の責任があることを意味する。とはいえ、アベノミクス下の景気回復期間は71カ月と、戦後最長とされた「いざなみ景気(2002年2月~2008年2月)」の73カ月にあと2か月に迫る長さだった。

もっとも、いざなみ景気もアベノミクスも、共に落ち込んだところからゆっくりと時間をかけて回復しただけで、後世に誇れるものを残したわけではない。それどころか、今後の日本にいくつもの大きな課題を残すことになった。

菅首相は、そうした歴史に残る前首相の課題を引き継ぐことになった。どんな課題か、思いつくままに列挙してみる。

1、膨大な累積財政赤字
2、膨大な公的債務残高
3、税収増が見込めない税制
4、このままでは事実上崩壊する社会保障制度
5、少子高齢化対策
6、ほぼ限界にまで緩和した状態の金融政策(残された政策は中立か引締め)
7、消滅した短期金利商品
8、機能を失った国債市場
9、30数兆円の日銀の株式保有残高
10、空洞化、インバウンド頼み、消費増税、コロナ対策でダメ押しした景気悪化
11、大廃業時代
12、貧富格差の拡大
13、米中本格対立を見据えた外交
14、ウィズ・コロナと今後の疫病対策
15、猛威を振るい始めた温暖化への対策

(「まえがき:税収増が見込めない税制」より)

アベノミクスでは失業率こそ低下したが、非正規雇用の割合が増え、名目賃金も実質賃金も低下するという貧相な内容だった。それでも前述したように、一時的には経済規模も税収もピークを更新したと言っていいだろう。私はその記録更新に最も貢献したのが資金供給量ではないかと見ている。つまり、量的緩和による力ずくの記録更新だったのだ。

経済規模とは、生産や支出という国民の生命活動を500兆円などという金額で表したものだ。通貨量を増やせば、通貨で表示されるモノやサービスの値段、それらが取引される結果としての経済規模の数値も、見せかけの部分だけでも増加すると考えてもいいはずだ。

ところが、通貨量が急増したのに経済規模はほぼ横ばいだ。共にゼロから600兆円までのグラフなので、その違いが何の誇張もなく、そのまま際立って見える。本来ならば、もっともっと経済規模が拡大してもいいのだ。

考えられる理由は、多くの資金が使われていない可能性だ。実際に、図13に見られる個人消費を示す緑色の棒グラフは横ばいだ。また、家計も企業も銀行の預金残高や手元資金を積み上げてきたことが分かっている。一方で、前図11や12が示していたのは一般労働者の家計には国全体では増えたはずの通貨が渡っていないことだ。非正規雇用の労働者にはもっと渡っていない。

これが示唆していることは、貧富格差の拡大だ。また、貧富格差の拡大が経済を停滞させていることも示唆している。このことは後述する。

(「11、1997年から資金供給量は11.2倍」より)

一方の日銀の目的は「物価の安定」と「金融システムの安定」だ。そう述べてはいるのだが、黒田日銀では、事実上、「金融システムの安定」を放棄している。

菅政権になって、地銀が多過ぎる、収益が上がってないと強調されている。しかし、マイナス金利政策が銀行の収益を棄損しているというのは、当の日銀の声明文の中ですら何度も繰り返されてきた。金融庁も同様の指摘を続けてきた。このことは、メガバンクや地方銀行などは中央銀行の政策の犠牲となってきたことを示している。つまり、日銀の政策によって、金融システムの安定が揺らいでいるのだ。

これは日本だけではない。実際、ユーロ圏など、マイナス金利政策を採っているところの銀行は、どこも四苦八苦している。貸出業務という本業では基本的に赤字で、他に収益源を求めているのだ。

例えば2020年9月、三井住友銀行(SMBC)が欧州市場で日本企業として初めてのマイナス利回りの社債を発行した。調達額10億ユーロ、満期5年のカバードボンド(住宅ローン債権を担保にした社債)で、表面金利0.01%の社債を額面100ユーロあたり100.895ユーロで発行した。そのため、SMBCは実質的に-0.168%で資金調達できた。債券はパー(100)以上の価格で買っても、償還時には100でしか返ってこないからだ。

つまり、同社債にはプラスの金利(年+0.01%)がついているがごく小さく、購入者がその社債を高く(100.895で)買い、安く(100で)返してもらうと、その売却損(-0.895%)を補えないため、購入者にとっては年率-0.168%のマイナス利回りとなる。つまり、購入者が前もって分かっている売買損を支払ってくれるので、SMBCは借金しながらプラスの利回りが得られるのだ。

SMBC債の購入者はユーロ圏の銀行で、ECBがマイナス金利政策を導入しているため、銀行が余剰資金をECBに預けると-0.5%の金利が発生する。SMBCが発行する社債で運用すれば、利回りはマイナスになるものの、損失幅は相対的に小さくなるというのだ。これは特定の相手に対する実質的な利益供与で、本来ならば不公正な取引だと言えるが、これを中央銀行が主導しているのだ。

このディールでは、損失額が小さくても損は損だ。これでは安定収益は望めないが、こうした超低金利の環境下では利益が出ても、人件費などのコストさえ賄えないのだ。マイナス金利政策は言うに及ばず、超低金利政策でも銀行経営は苦しく、金融システムの安定が損なわれるのだ。

ところが、図14に見られるように、日本の政策金利が最後に0.51%を付けたのは1997年3月で、それ以降は0.50%以下で推移してきた。

このことは、日銀のホームページにある「日本銀行は、物価の安定と金融システムの安定を目的とする、日本の中央銀行です。」という文言は、私なども担当者の方々と交流していた過去の日銀のもので、現在の、あるいは1997年度以降の日銀は「物価しか見ていない」というのが実際のところだ。

(「12、日銀は『物価しか見ていない』」より)

図15の左側、預貸率のグラフで、典型的な動きを見せている紺色の都市銀行のものを見て頂きたい。1990年から94~95年にかけて、バブル崩壊、景気減速に合わせて貸出が増加する。そして、1998年頃に2回目のピークを付ける。

ここで見られるのは、1990年頃の預貸率は80%前後であったことだ。バブルの形成には住宅金融専門会社の関与がよく知られているが、このグラフからは、銀行はそうしたノンバンク向けの融資を含め、バブルの形成には余り関与してこなかった可能性が示唆されるのだ。グラフが示唆しているのは、むしろバブル崩壊後に業績が悪化した企業の資金繰りに応じたことで、銀行の預貸率が100%を超え、信用リスクを取り過ぎた可能性なのだ。

というのは、預貸率がピークに近い97年には、日本債券信用銀行や北海道拓殖銀行が破綻したからだ。翌98年には日本長期信用銀行も破綻する。もちろん、個々の銀行には個々の破綻理由があるのだろうが、こうしたトップランクの銀行が相次いで破綻した頃に、預貸率が100%を超えていたことは興味深い。

それが、2000年を過ぎた頃から、預貸率が急低下する。読者の方々はこれをどう見るだろうか? これだけをみれば信用リスクに懲りて、市場に資金を回さなくなり、仕方なく日銀が超低金利政策を導入したと考えるかも知れない。

ところが、前述の図14の政策金利の推移が示すのは、日銀は1990年からの景気減速期から利下げを続けたため、日本がマイナス成長に至る1997年時点ではもはや利下げ余地がほとんどない0.50%以下になっていたことだ。これを図15の預貸率と併せて見れば、利下げ途中こそ貸出が伸びたが、超低金利となった後はむしろ貸出が減少したことが見て取れる。

貸出から利益を上げるという営利行為は、超低金利政策やマイナス金利政策では非常に困難となるので、日銀の政策は「銀行の主業務である貸出から、十分な利益を上げることを否定している」ことになる。それが、図15に見る、預貸率の低下と預貸ギャップの上昇に繋がってきたのだ。つまり、日銀の政策によって、利益につながる貸出ができなくなってきたことが分かるのだ。

もっとも政策金利は金融機関向けの基準金利で、企業や個人向けの貸出とは直接には関係がない。それでも基準金利を設けるのは、基準金利をもとに期間や信用力に応じて上乗せした貸出金利が企業や個人に適用されるからだ。このことは、1997年3月以降、リスクフリーとみなされる金利が0.5%を超えたことがないために、期間や信用力に応じて金利を上乗せしても十分な収益の確保が難しくなったことを意味している。超低金利政策によって、銀行は構造不況の業態となったのだ。

上図15の預貸率に見られる都市銀行と地銀の逆転は、国内に運用先がなくなった都市銀行が過分ともいえる海外リスクを取り始めたことを示唆している。一方、地銀はBIS(国際決済銀行)への報告義務がない代わりに国内業務に特化しているので、海外への逃げ道がない。その結果、儲からなくても貸出を続けたことが、預貸率が低下しなかったことから見て取れる。そして、それが再編を強いられるほど、収益的に追い詰められる結果となったのだ。

このことは、現状の都市銀行は今後の海外信用リスクの悪化に極めて弱く、地銀は国内の信用リスクの悪化に極めて弱いことを示している。「極めて」と強調するのは、マイナス金利政策下では通常リスクの業務では収益が上がらないため、「過分なリスク」を取っている可能性が高いからだ。

前図14の政策金利の推移と、図15の預貸率と預貸ギャップの推移が示唆しているのは、資金循環を促すはずの日銀の超低金利政策は機能してこなかったということだ。ここで、機能しないものを続けることは弊害だけが増え続けることを意味している。

(「13、銀行の預貸ギャップが290兆円に」より)

銀行が構造不況業種となり金融システムの安定が損なわれたのは、2016年1月のマイナス金利政策の導入以降、もっと深刻になる。マイナス金利とは貸し手が借り手に金利を支払うという本末転倒のいびつなもので、借り手は借りれば借りるほど儲かり、貸し手は多く貸すと大損する。ここで経済の代表的な貸し手が銀行であることを鑑みると、中央銀行が銀行いじめの政策を導入したことを意味する。

アベノミクスの政策は「もっとリスクを取れ」というものでもあったのだが、短期金融商品市場からの利回りがなくなればかえって逆効果になる。短期金融商品はいわば資金運用のセイフティーネットで、そこからのリターンがプラスだと、より大きなリスクに向かえることになる。リスクテイクに失敗しても、短期金融商品からのリターンが補ってくれるからだ。

短期金利がまともにプラスの利回りを提供していた頃、金融機関の債券ディーラーたちの間では「禁断のTビル(短期国債)買い」というものがあった。Tビルとは財務省が発行する短期の債務証書のようなもので、2カ月、3カ月、6カ月、12カ月満期の割引債だ。割引債とは利払いがない代わりに、安く発行され額面で償還される売買益が利回りとなる。

分かりやすくするため1年のTビルを例に、仮に利回りが2%だとすると、そのTビルは98円で発行され、100円で償還される。誰が買っても2円の儲けが出る。つまり、ディーラーの運用能力には全く関係がないのだが、額面にして1000億円のTビルを980億円で買えばほぼノーリスク(自国政府のリスクなので、リスクフリーとみなされる)で20億円のキャピタルゲインが出るのだ。そして、その20億円はリスクテイクのセイフティーネットとして作用する。

私はディーラーとして大きな会社で大きな資金も扱ったが、大きな会社ということがセイフティーネットだった。自分が失敗すれば会社が潰れ、多くの人々が路頭に迷うというような環境では、普通の感覚の人なら委縮する。

図16は、日本国債の市場はプラスの利回りが欲しければ、10年以上の時間のリスクを取るしかなくなっていることを意味している。10年のリスクとはどんなものか、2010年から2020年までの10年間に世界で起きたこと、日本で起きたことを振り返って見れば、とんでもないリスクだということが分かる。

1989年の消費税導入以降だと約30年のリスクとなる。それだけのリスクの見返りが日本の30年債だと、2020年9月末時点で、たったの0.595%のリターンなのだ。1億円を30年間投資しても年間59万5000円にしかならない。

あるいは、社債などで信用リスクを合わせて取ることになるが、こちらは破綻リスクを伴う。米国の例だが、債務不履行にいたった債券からでも、過去平均では4割ほどの資金が回収できる。高利回りの債券だと、破綻までに多くの利息を受け取っているが、それに額面の40%が上乗せされる。これが最悪のケースだった。しかし、2020年のコロナ禍以降の破綻では、資金回収が9月末までの平均で1%未満だと報道された。

(「14、マイナス金利政策の導入」より)

これは日銀のマイナス金利政策が、銀行が貸出業務から利益を上げることを否定しただけでなく、長期投資家が日本国債運用から利益を上げることも否定したことになる。アベノミクスは事実上、金利市場を破壊したことが分かる。

とはいえ、運用機関も生きていかねばならない。年金はいきなり資金が引出されることはなく、給付金を徐々に引下げることで、運用難が表沙汰になることから免れることができる。生保も保険料と保険金支払いのバランスを取れば、必ずしも大きなリスクを取らなくても生き延びることができる。

それでも例えば、我々の年金を2020年9月末時点で172.5兆円運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、運用資産の半分を外貨に振り分け、円貨の半分は株式に振り分けている。つまり、外国債券、外国株、国内債券、国内株を4分の1ずつ保有しているのだ。一方、生保の外債投資が以前にも増して活発だ。これは、コアとする国内運用先がなくなったため、都市銀行のように海外のリスクを増やしていることを意味している。

また、ゆうちょ銀行は207兆円を超える運用資産のうち、約85兆円を外国証券などのリスク性資産に投資しており、これを90兆円程度にまで膨らませる見通しを打ち出している。

また2020年に入って銀行等で急増しているのが「コミットメントライン契約」だ。これは銀行が企業とあらかじめ期間と融資枠を設定しておき、その範囲内ならば審査なしで融資を受けられることをコミットメント(誓約)する契約で、企業にとっては必要に応じた資金調達が可能になる。銀行にとってのメリットは金利とは別に手数料が得られることだ。

帝国データバンクが行った調査結果では、2020年1月1日から9月30日までにコミットメントライン契約の締結を発表した上場企業は前年比4.7倍の165社、総契約金額は9.5倍の3兆1464億円となったという。これは手数料と引換えに銀行が大きな信用リスクを取っていることを意味する。

この時期にコミットメントライン契約が、なぜここまで急増したのかの理由は明白だ。コロナ対策で止められた事業で売上が急減した企業が、それなりの期間の資金繰りを担保しているのだ。このことは、コロナ禍という非常事態に、民間企業から銀行、国までが一蓮托生を決め込んだことを意味する。もっとも、前述の図15の預貸ギャップ約290兆円が教えてくれるのは、政府はともかく銀行、あるいは銀行に資金を預けている民間には、まだ余力があるということだ。

ここでの大問題は何か? コロナ対策で構造的に企業が稼げなくなった。マイナス金利政策で構造的に金融機関が稼げなくなった。国は30年も前に構造的に稼ぐ手段を放棄しているということだ。これで見ると、問題は全て政府がつくってきたことが分かる。

日本経済が迫られている構造改革とは何だろう? 税制改革なしに、こうした負の構造は壊せないのではないだろうか。

(「15、アベノミクスは金利市場を破壊した」より)

こうして見ると、膨大な累積赤字や公的債務、また、実体経済を超える資金供給量などは、信用力の低下やインフレ懸念の内在を通じて、通貨の価値を失う要因だということが分かる。

MMT (Modern Monetary Theory) のように、状況次第では財政赤字など気にする必要はないとする説がある。仮にそうであれば、財政赤字削減に必要な税収はいらないことになる。世界各国は徴税など止め、紛らわしい財政収支の記録や報告など止めて、財政資金はひたすら印刷すればいいことになる。これは日本政府を含め、多くの累積赤字や公的債務を抱える国々には願ってもない考え方だが、果たしてそれでいいのだろうか?

私が知る限りのMMTの要点は以下の通りだ。

1、インフレにならない限り、政府は必要なだけ通貨を印刷し、使っていい。
2、財政赤字は気にしなくていい。政府が発行する通貨は個人資産ように使えば減るものではないからだ。
3、インフレが発生した時は、政府の通貨発行量が多すぎることを示唆しているので、その時には税金を引き上げて資金を吸収する。
4、政府が課税するのは、インフレのリスクを防ぐためだ。

5、ただし、MMTは自国の通貨を管理している政府にのみ適用され、別の通貨で借りている国では機能しない。つまり、ユーロ圏諸国は自国通貨を持たないので適用できず、2020年にデフォルトとなったアルゼンチンやレバノンなど、外貨建て債務を抱えているところも駄目だという。

とはいえ、法定通貨が通貨として流通しているのは、発行国に信用力があるからだ。その信用力が流動性の基盤となり、通貨の価値を支えている。ある国が必要なだけ通貨を印刷し、貿易や債務などの支払いに充てることを、他国はいつまでも容認するだろうか?

そうして見ると、国が発行する通貨も個人資産のように減るのだ。打ち出の小槌、あるいは手品のように、何もないところから次々と出てくるのならば、その通貨の減価は避けられない。通貨が増えると信用が減るのだ。その減価は輸入物価の上昇によっていずれは実現化される。

実際、MMTの要点「1、インフレにならない限り、政府は必要なだけ通貨を印刷し、使っていい」は、MMTはインフレを誘発して終えることを示唆している。そのようにして、対外的な信用力の低下からインフレが来た時に、国内だけで増税することは全く効果がないばかりか、国民の生活を破壊することにつながるはずだ。

32項「純債務残高でみると?」でも述べたように、世界最悪の膨大な累積赤字や公的債務でも日本政府の信用が維持されているのは、これまで国民が積み上げてきた民間資産があるからだ。MMTはその信用力を食いつぶすまでは機能する可能性があるが、それは国民の資産を政府が使い果たすことを意味する。

前項で見たように、2019年まででも世界に財政黒字の国はほとんどなかったが、2020年にそれが悪化したことは確実だ。MMTが私の理解のようなものだとすれば、注目を浴びるようになった背景には、各国政府の「溺れる者は藁をもつかむ」心情を反映しているように思えてならない。

(「46、通貨の価値」より)

参照:日本が幸せになれるシステム・65のグラフデータで学ぶ、年金・医療制度の守り方(著者:矢口 新、ペーパーバック版)

こうした黒田総裁の退任にあたり、メディアでは新総裁に期待するコメントが多いが、新体制の日銀のどこに期待できるのだろうか?

新総裁となる植田氏は、1997年に速水総裁の下で実施された「ゼロ金利政策や量的緩和政策を理論面で支えた」とされる。つまり、同氏は異次元緩和の生みの親だとも見なせるのだ。

そのためか、同氏は国会での所信表明で「異次元緩和は適切」、「緩和を継続」、「政府と密接に連携」、「物価は23年度半ばに2%を下回る水準に」などと述べた。

加えて、「物価目標の2%実現が見通せることが見込まれる場合には、金融政策の正常化に踏み出すことができる」、「総裁として認められれば政府と密接に連携しながら適切な政策を行い、一時的でなく、持続的安定的なかたちで物価の安定を実現したい」とした。

つまり、現状の金融政策が「正常ではない」と認めたものの、日銀の目標である「物価が2%前後で安定」には、まだ道半ばであるとしたのだ。

しかし、2月の東京消費者物価(生鮮を除く食料を除いた)コア指数は+3.3%と、+4.3%から減速したが、政策効果が無ければ前年比+4.5%に加速していたと試算されている。

政策効果とは、政府による電気・ガス料金の抑制策果で、エネルギー関連は+5.3%と、+26.0%から減速。電気代は+24.6%から、-1.7%に転じた。また、宿泊料は-5.7%だった。

ちなみに1月の全国消費者物価指数は前月比+0.5%、前年比+4.3%で、コア指数は前年比+4.2%と、12月の+4.0%から加速していた。一方、生鮮を除く食料は前年比+7.4%、食料全体は+7.3%、エネルギー関連は+14.6%だった。

加えて、日銀が算出する変動の大きな品目を除いた「刈り込み平均値」でも1月は前年比+3.1%だったのだ。

植田氏は街頭に出て、100人にでも1万人にでも「物価高はまだ来ていないのか」と聞いてみるがいい。自分が異次元で生きて来たことに気付くはずだ。また、仮に「物価は23年度半ばに2%を下回る水準に」に戻ったとしても、今までに上がった物価が、その後は2%を下回る水準で「上げ続ける」だけだ。とはいえ、そうした「異次元的な」見通しが外れればどうするのか?

一方、副総裁となる内田氏は、「黒田総裁が就任直後の13年4月に打ち出した大規模な量的・質的金融緩和政策(QQE)や16年1月のマイナス金利政策、同年9月に導入した現在のイールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)政策の企画・立案に企画局長として中心的な役割を担った」とされている。つまり、黒田日銀を操ってきた黒子だったのだ。道理で黒田総裁の発言の多くが意味不明だったわけだ。

日銀はゼロ金利政策に加え、膨大な資金を供給して現時点でも物価上昇を促している。一方で、政府は行き過ぎた物価上昇を抑えるための抑制策に、借金を重ねて資金援助を行っている。目先の物価上昇を抑えるためのこうした「資金供給」は、いずれは円安、及びより大きな物価上昇に繋がる可能性があると言えるのだ。

異次元緩和は成功だったのか? とんでもない。内需を喚起することに失敗しただけでなく、上記に述べたように、日本経済の土台を腐らせた。

一方で、日銀は日本国債残高の6割弱を保有して日本政府最大の債権者となり、株式ETFを購入時価格で36.9兆円保有することで多くの企業の最大株主となった。また、その資金の8割近くは民間銀行などからの預かり金だという世界でも例のない不思議な中央銀行となった。そして、それは異次元緩和が継続不可能に近付いていることを強く示唆していた。

日銀の新体制が異次元緩和の生みの親と、政策として動かしてきた黒子のコンビであろうと、その構造的な限界は紛れもなく近づいている。そこに物価上昇が来ているのだから、金融の「正常化」は、本来まったなしなのだ。私は、新体制が水面下では最も悪影響の少ない「出口戦略」を考えていると信じたい。また、そうした「責任を取る」ために選任されたのだと信じたい。

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  1. 髙橋 洋二

    矢口先生、非常に参考になりました。
    異次元緩和について、自分の知識の浅はかさを痛感しました。

    日銀の新総裁となりましたが、副総裁も「異次元緩和論者」
    ですので、黒田元副総裁のしてきたことをこれからも、継続
    していくのですから、日本の未来は明るくないですね。

    日本も世界も一旦経済をリセットして立て直しが必要なのかと
    思います。

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