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ジャニー喜多川事件に思う

From矢口新

ジャニーズ問題が世間を騒がしている。

この問題の取り扱いが難しいのは、
現在もジャニーズで活躍している人たちのおそらくほとんどが、
被害者であり、傍観者であり、加害者であるという
1人でいながら3つの立場を抱えて苦しみ続けている可能性があるからだ。

ジャニー喜多川という1人の人間が、何十年にもわたって、
少なくとも数百人もの人間を、周りの人間の了解なしに虐待することは
不可能だったと言っていい。

実際に加担していたというタレントを実名で挙げるコメントも目にしたが、
仮に誰も虐待を手伝っていなかったとしても、
数百人にも及ぶという被害者たち自身が知っていたからだ。

このことは先に被害を受けた人たちや、
自分自身は被害者となるのを免れた人たちも、
結果的にはジャニー喜多川を死ぬまで止められなかったことで、
後に続く被害者たちの傍観者か、間接的な加害者になったことを意味している。

しかしそのことで、本来は被害者だとも言える現在も
ジャニーズで活躍している人たちを責めるのは酷だ。

それは彼らを2次被害者にしてしまうからだ。

自分自身は直接の被害者となるのを免れた人たちでも、
仲間や後輩たちを救えなかったという自責の念を与えられたことで、
精神的な被害者にされた可能性が高いからだ。

こうした彼らを責めることは、
心の底にトラウマを抱えていたかもしれないのにスターとして
多くのファンに夢を与え続けてきた人たちの生き方を否定してしまうことになる。

そのように、家族から役職員、タレント、メディアまで、
自分の周りの人たち、関係があった人たちのほぼ全員を、
そうした3つの立場を抱える状態に追い込んだ「極悪人」はジャニー喜多川1人で、
その意味では被疑者死亡のままでも裁く必要があるように思う。

こうした問題は、実は日本に限らず、いわゆる芸能界、映画界、テレビ界というものが抱えている問題で、世界的には今回のように虐待期間が長期に及び、被害者の数も3桁や4桁という膨大なものだったのも初耳ではない。スポーツ界や軍隊でも同様だ。つまり、これは本質的には強者が弱者を虐待する行為、権力犯罪なのだ。

権力や権威が弱者を虐待してきたのは、競争的な組織だけではない。例えば、世界的とも言えたカトリック教会の同じような事件は、多くの人々が精神的な支柱を失う出来事となった。

また、ジェフェリー・エプスタイン事件には、今も現役の世界の政財界のトップや、王族、知識人などが多数関わっていた。なかには、その事件が原因で離婚した世界最大級のビリオネアや、王籍をはく奪された国王の弟などもいる。

それらを暴いたジャーナリストたちは、戦う相手が大き過ぎたために逆に社会から迫害を受けた。それでも彼らが様々な圧力に屈せずに追求を続け、遂には「悪を暴いて」社会を味方に引き入れることができたのは、中途で諦めれば「被害者が増え続ける」という危機感からだった。

彼らジャーナリストたちの活躍でも、世界からそうした問題を根絶させることはできないだろう。権力はしばしば暴走する。喉元過ぎれば熱さを忘れるで、いつでもどこでも再発する恐れすらある。しかし、少なくとも彼らが追求した犯罪が、闇に葬られることだけは避けられた。またそのことで、少なからずの将来の被害者たちが救われたのだ。

今回のジャニー喜多川に対する告発は、英国のBBCによるドキュメンタリー番組の放映、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会による調査で大問題化した。

しかし、1999年には週刊文春が告発キャンペーンを行い、2000年には国会でも取り上げられたという。件の記事をフォーブス誌から引用する。

(引用ここから、URLまで)

かねてくすぶっていたジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏による性加害問題は、イギリスのBBCによるドキュメンタリー番組の放映、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会による調査などによって再燃し、今や全世界で報じられている。

ただしBBCにしても国連にしても、一連の性加害問題に海外から初めて切り込んだ組織ではない。遡ること1999年の『週刊文春』による告発キャンペーンを受けて、『ニューヨークタイムズ』『ガーディアン』などは2000年の時点でこの問題を報じていたのだ。

シムズ氏は2000年1月の記事で、まず梨元勝氏(芸能リポーター)と藤田博司氏(共同通信元論説副委員長、上智大学文学部新聞学科教授)の2氏を訪ね、日本特有のメディア事情について問いかけている。これに対する梨元氏と藤田氏の回答は注目に値する。というのも、両氏は2000年の時点でこの問題の根深さについて次のように答えているのだ。

https://archive.nytimes.com/www.nytimes.com/library/world/asia/013000japan-talent.html

「ジャニーズ事務所の意向に従わないと、所属タレントが軒並み番組から降り、彼らにインタビューすることもできなくなる。そうなったら、各テレビ局の視聴率は急落するだろう。紙媒体についても同じことがいえる」(梨元氏)

「性、皇室、右翼団体といったデリケートなテーマに日本のメディアは及び腰である。幅広い報道が期待できるのは、当局が喜多川氏の捜査に乗り出した場合のみだ」(藤田氏)

「私をはじめとするメディアがもっと前に、特に北公次氏の告発本が最初に出版された時に、被害を訴える人々をしっかり取材していれば、ほかの青少年たちは被害に遭わずに済んだかもしれない」(梨元氏)

シムズ氏は当時の『週刊文春』編集長だった松井清人氏にも取材した後、同誌編集部の立ち会いのもと、性被害者の元ジャニーズJr.にもインタビューしている。取材当時この元ジャニーズJr.は40代だというから、2023年現在で還暦を超えているはずだ。

「行為を受けている間は不快だったが、嫌だと言って拒んだら合宿所から追い出されるかもしれない」という証言の内容は、現在の2023年に人権救済を申し立ている性加害問題当事者の会のメンバーたちの証言とも似通っている。ジャニーズ事務所の再発防止特別チームの報告書にも、喜多川氏による「性加害の事実が1950年代から2010年代半ばまでの間にほぼ万遍なく存在していた」と記されている。

承知のとおり、ジャニーズ事務所の性加害問題は2000年4月に国会で議題に上がったことがあり、自民党の衆議院議員だった阪上善秀氏が衆議院の青少年問題に関する特別委員会で質問をしている。

この時、シムズ氏は『ニューヨークタイムズ』に2本目の記事を発表。「児童に対して一定の権力を持っている人物が、その児童に対して性的な行為を強要する。もしこれが事実とすれば、これは児童虐待に当たるのではありませんか」という阪上氏と、「性的な行為を強要した人物がこの手引に言います親または親にかわる保護者などに該当するわけではございませんので、私ども、手引で言うところの児童虐待には当たらないというふうに考えております」という真野章氏(当時は厚生省児童家庭局長)による質疑応答を紹介している。

参照:海外メディアは2000年時点でジャニーズ事務所性加害問題を報じていた、が?
https://forbesjapan.com/articles/detail/65997

海外メディアは日本の特殊性を強調するかも知れないが、上記に実例を挙げたように、こうした権力犯罪は世界中で行われている。メディアにタブーが存在するのはどの国でも珍しいことではない。

日本にいなかったのは最後まで戦い続けたジャーナリストたちだが、そんな人たちは欧米にも数えるほどしかいない。だからこそ、そうした権力犯罪は長期間続けられ、被害者数も膨大なものとなっていたのだ。あるいは、戦うジャーナリストたちがもっと多くいたとしても、彼らが未然に闇に葬られた可能性すらあるのだ。

とはいえ、2000年の時点でジャニー喜多川を起訴するか、少なくとも何らかの牽制が行われていれば、その後の10数年間の被害者はいなかったか、大きく減少していた可能性が高い。

ジャニー喜多川事件は被害者の多さ、虐待期間の長さ、会員1100万人・出演6240番組と言われる日本社会への影響、巧妙だったメディア対策など、どこから見ても世界最大級のスキャンダルだと言える。

しかし、ジャニー喜多川の犯罪の後始末を、当の本人に人生を翻弄され、被害者であり、傍観者であり、加害者であるという1人でいながら3つの立場を抱えて苦しみ続けている人たちに委ねるのは慎重であるべきかと思う。

基本的に、彼らは大権力の下で耐え続けてきた人たちだ。強がり、明るく振舞っていても、内心の弱さを隠し続けてきた人たちだ。世間もメディアも慎重に接して、今後に2次被害が起きないように注意するべきではないか?

  • コメント ( 1 )

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  1. hibariakira

    谷口新氏はとりわけ異彩を放つ論者だが、今回の評伝は秀逸です。ホリエモンどまりの者ばっかしで情けなく思っていたが、素晴らしい知性の方がいるものですね。露シアウクライナも素晴らしかった。fxも素晴らしい方。

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