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(矢口 新)財政健全化は、過去の遺物?

日本政府はようやく現実直視の第一歩を始めたのかも知れない。プライマリーバランスの均衡、つまり、単年度での財政赤字解消の目標年度を取り下げたようなのだ。

 

これまでの政府は決まったように、何年か先にはプライマリーバランスを均衡させると約束してきたが、均衡どころか、財政赤字は拡大する一方だった。

 

日本の税収が60兆円を超えたのは、過去に3回だけだ。最初は1990年度の60.1兆円で、これは旧税制で達成した。しかし、新税制(消費税の導入、所得税率と法人税率の引き下げ)になってからの税収は低迷し続けてきた。

 

2回目は2018年度で60.4兆円だった。これは「インフレ」率の上昇を目的とした未曽有の金融緩和で達成したと言っていいだろう。具体的にはマイナス金利政策と、GDPをはるかに超える資金供給量だ。

 

3回目は2020年度の60.8兆円だ。これはコロナ対策で止めた経済を「持続化」させるために2度の補正予算を組んだことの恩恵だ。2次補正での歳出は170兆円を超えた。

 

このことは、2回目と3回目は、再現不可能な大量の資金供給により達成したものだと言える。とはいえ、少なくともこれまでは1度も税収が61兆円を超えたことがない。

このことが示しているのは、プライマリーバランスを均衡させるには、歳出を少なくとも60兆円内外に抑えることが不可欠だということだ。ところが、このところの歳出は100兆円を優に超えており、社会保障費の国費負担と国債費だけで60兆円に達するので、他の予算を40兆円以上削らないと単年度でも赤字はゼロにはならないのだ。

 

これらの数値は文末のURLで紹介する著書内の公式データで確認できる。

 

一方、社会保障はここ20年間ほど、国民の負担率を上げ続けていながら、給付を下げ続けているので、国費負担を下げることは、「国民のためのはず」の制度がますます形骸化していくことを意味する。

 

また、国債の利払い額は増え続ける残高を利下げによって減少させるという離れ業を続けてきたが、マイナス金利政策を続けているのに利払い額が増加するところにまで残高が膨れ上がってしまった。つまり、日銀が利上げしなくても、国債費が今後急増する可能性があり、それを減らす手立てはもはやどこにもない。

 

しかし、こんなことになるのは少なくとも10数年も前から分かっていたことだ。それを知ってか知らずか、当の政府は判で押したように、プライマリーバランス均衡という空手形を振り出し続けてきたのだ。

 

そうした政府の不誠実な慣行が、ようやく終わりそうなのだ。以下に、ウォールストリート・ジャーナルの記事を引用する。

 

(以下に部分引用、URLまで)

【日本は、政府の巨大債務は問題なしという見方を採用】

日本のリーダーが火曜日に経済展望を発表した時、重要な日付が抜け落ちていた。

 

岸田文雄首相は、これまでの政府声明にあった2025年までに日本の財政を均衡させるという確約を削除した。そして、日本の政府債務削減のために何かをするという期日も明言しなかった。一方で、防衛費を著しく増加させることを約束した。

 

これは、政府債務が1100兆円、現在のレートで8.3兆ドル、経済規模の2倍以上であることを鑑みれば、大胆なスタンスだ。この政府債務削減努力の放棄は、与党自民党内のある集団の影響を強く示している。彼らはディック・チェイニー元米副大統領の「レーガンは、財政赤字は気にする必要がないことを証明した」に所以する見方を受け入れている。

 

最終的な文言は、財政健全化の必要性には言及したものの、2025年という期限を省くことによって、主に自由歳出容認派に沿ったものとなった。これで、来年の防衛予算の惜しみない拡大への道が開かれた。最終的に、与党は防衛予算を国民総生産の2%達したいとしている。現状のGDP比のほぼ2倍となる。

 

MMTの支持者たちは、日本のような政府は国債の発行に制限はないものの、もし歳出がその経済の財やサービスの生産能力を超えたならば、インフレリスクに対処する必要があるとしている。日本の全体のインフレ率は4月に2.5%を付け、30年来の高水準となった。

 

参照:Japan Adopts View That Huge Government Debt Doesn’t Matter
https://www.wsj.com/articles/japans-debt-debate-is-it-heading-for-a-titanic-crash-11654600541

この記事は、「経済財政諮問会議・新しい資本主義実現会議合同会議」での発言を取り上げたものだと思われる。以下が、その内容だ。

参照:経済財政運営と改革の基本方針 2022
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2022/0607/shiryo_04-1.pdf

ここでは、本当に「財政赤字は気にする必要がない」のかを取り上げる。

 

政府の運営や公共事業を行うには資金がいる。税収などを超える資金が必要ならば、借金するしかない。つまり、プライマリーバランスは赤字となる。

 

国の借金は主に国債(公債)の形を取る。国債には元本と利子があり、返済(償還)期日が定められている。当たり前のことだが、返済を行わないと信用を失い、海外からの借金の場合は、国際資本市場から閉め出されることもある。

 

返済期日が来ると、借金を返済するための原資がいる。国の場合では、基本的には税収だ。借金で行った事業が巡り巡って十分な税収を生んでいればいいが、税収が足りないと、返済のための借金を重ねることになる。

 

プライマリーバランスが赤字だと、返済資金が足りないどころか、目先の支出分も借金する必要が出てくる。財政赤字が続くと、返済のための借金と、当面の資金繰りのための借金が膨らみ続けることになる。

 

そんなことは気にすることはないと言ったのがチェイニーで、理論化したのがMMTだ。

 

GDP比では世界最大規模となった日本政府の借金が、債務不履行になっていないのは、追い貸ししてくれる人がいるからだ。とはいえ、最大の貸し手は日銀で、日銀と日本の金融機関とを合わせると、貸し手全体の8割を超える。海外保有分は13%ほどなので、海外は優先的に返済してくれると信じて、それほど問題視していない。

 

問題とはしていないが、日本国債の信用格付けは下げ続けていて、いわゆる先進国では最低水準だ。財政赤字など構わないとするのは、「政府債務が1100兆円、現在のレートで8.3兆ドル、経済規模の2倍以上であることを鑑みれば、大胆なスタンスだ」として、懸念しているのだ。

 

MMTが容認する通貨乱発の行き先は、信用力の低下とインフレだ。日本は国内需要が少ないために、これまで物価が落ち着いてきたが、政府の一連の政策がようやく結果を伴い始めている。

 

値上がりした必需品購入のためのより多くの資金需要が更に物価を押し上げる可能性がある。エネルギーや食料といった必需品は長年にわたって海外頼みが進展してきているので、その円売り需要が円安を促進させる。それが更にインフレ率を高めることになる。

 

その結果、日本が誇り、海外もその価値を認めている民間の金融資産はインフレと円安で目減りしていく。一方で、インフレと円安で目減りするのは円資産だけではない。円の負債も目減りする。その意味では、政府にとっては、政府債務や「財政赤字は気にする必要がない」のだ。

 

古今東西、あの手この手で民間から搾り取る方法を考えているのが支配者だとすれば、財政健全化など、その気になればどうとでもなるのかも知れない。もう空手形さえ振り出さなくなったのは、これまでの欺瞞を認める誠実さからか、単なる居直りか?

 

とはいえ、経済成長や税収増に結びつかない小細工で借金を目減りさせても、財政赤字や債務残高が増え続ける限り、いずれどこかで行き詰ることになる。その時、民間の資産が政府を支えきれなくなっていれば、日本は完全に困窮する。

 

自民党の高市政調会長は2022年度の当初予算で約5兆4000億円の防衛費について、「必要なものを積み上げれば10兆円規模になる」との見通しを述べたという。GDPの約2%、税収の約17%だ。

 

とはいえ、どんな立派な軍隊があっても、エネルギーや食料が買えない経済となれば戦えない。過去の敗戦よりも惨めな結果となりかねないのではないか?

 

私はまだ諦めていない。だからこそ、以下の提案を行っている。

 

・著書案内:日本が幸せになれるシステム・65のグラフデータで学ぶ、年金・医療制度の守り方(著者:矢口 新、ペーパーバック版)
https://www.amazon.co.jp/dp/B09NRWJLY7/
(Kindle Edition)
https://www.amazon.co.jp/dp/B092W1M8MZ/

・著書案内:日本が幸せになれるシステム問題集・日本経済の病巣を明らかにするための57問(著者:矢口 新、Kindle Edition)

 

<講師プロフィール>

矢口新(やぐち あらた)

1954年生まれ。
金融業界の第一線で30年以上にわたり活躍し続け、
プロディーラーにも師と仰がれる天才ディーラー。

東京・ニューヨーク、ロンドンと世界3大金融市場で活躍し、
さらには為替、債券、株のすべてに関わるという
非常に稀有なキャリアを持つ。

相場を動かすプロの裏の裏まで知り尽くしており、
投資を真剣に学びたいという意欲ある方々との交流にも熱心。

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