過剰資金供給の後始末
3月10日に、
資産規模で全米16位のシリコンバレー銀行が破綻した。
12日には29位のシグネチャー銀行も破綻した。
両行に対しては12日に米政府による預金全額保護が決まった。
しかし、その後も全米14位の銀行ファーストリパブリックやウエスタンアライアンス、
コメリカ、ザイオンズ、パックウエストなどの株価が急落し続けたため、
16日には、JPモルガンチェース、バンカメ、シティグループ、ウェルズ・ファーゴなど
の大手商業銀行や、
ゴールドマンサックス、モルガンスタンレーといった投資銀行など11行が、
合計300億ドルをファーストリパブリック銀行に預金すると発表した。
預金流出が加速する同行の資金繰りを支え、
実質的な信用補完となった。
破綻したシリコンバレー銀行の2020年初めの預金量は約600億ドルだったが、
コロナ対策後に政府と中央銀行が国内に供給した資金の受け入れ先として、
2022年初めには2000億ドル以上に膨張した。
ところが、ロックダウンや行動制限のために資金需要は限られており、
むしろどこでも資金が余っていたために、
増えた預金の運用先は限られていた。
同行は約1200億ドルを米国債やMBS(住宅ローン担保証券)といった
債券投資で運用した。
2022年に入って米連銀の金融引き締めが始まった。
シリコンバレー銀行(SVB Financial Group)の株価は、年初の約750ドルから年末近くには約200ドルにまで下落した。
市場全体から資金が引き上げられたからだけではなく、
調達資金である預金金利が上昇、低利で買ってしまった債券利回りでは逆ザヤとなり、
保有債券の値下がりで評価損が膨らんだからだ。MBSだけでも含み損は100億ドルあまりだったと言われている。
また、顧客であるシリコンバレー企業の業績も悪化し、預金の引き出しも続いていた。
それでも、フォーブスは2023年2月14日発行の同誌で、不良債権の少なさや効率性などの点で、
シリコンバレー銀行を「アメリカ・ベスト・バンク2023」の20位に選出した。債券投資の含み損が増えているとはいえ、
トリプルAの国内債券なので信用リスクも為替リスクもないと見なされたからかも知れない。
また、同行の預金は大口の法人顧客からが中心なので、効率性でも問題がないと見なされた可能性がある。
また、破綻の2週間前には監査法人のKPMGが、監査結果を問題なしと発表した。
破綻の1週間前でも信用リスクは「A」ランクで、証券アナリスト23人のうち売り推奨を行っていたのは1人だけ、
65%はホールドで、30%は買い推奨していたという。
そんな中、ムーディーズがシリコンバレー企業の不振での業績悪化を理由に、
格下げ見通しを同行に伝える。同行は幹部が対応を協議。8日に増資発表した。
資本増強の意図だったが、これが裏目に出た。
シリコンバレー銀行が危ないとツイッターに流れ、一部のベンチャーキャピタルが増資計画に乗らないほうが賢明と忠告したこともあって、
8日には預金引き出しが始まった。9日には預金全体の約4分の1に相当する420億ドルが引き出された。
保有債券の売却で調達金利などの支払いに充てようとしたが、
思い通りの価格では売れず、9億5800万ドルの現金不足に至った。
思い通りの価格で売れなかったのは、MBSの流動性が低いからだ。
信用リスク面では米国債もMBSも同じトリプルAだが、利回りはMBSの方が高い。
これは流動性に劣るためで、売りたい時に思い通りの価格で売れないリスクがスプレッドとして乗っているからだ。
また、急激な預金の引き出しは大口顧客が多いという効率性と裏腹の関係にあったのだ。
その為、同行の預金の90%は上限が25万ドルである預金保険の対象外だった。
ちなみに、米銀の最大手JPモルガンチェースの預金は43%が預金保険の対象外だという。
そして、増資発表の2日後の10日に経営破綻、12日には米政府による預金全額保護が決まった。
「史上初の、ツイッターであおられた取り付け騒ぎだった」とされた。世話をしてきたベンチャーキャピタルに噂を流され、潰されたという見方も目にした。
シリコンバレー銀行の破綻を特筆すべきなのはいくつかの理由がある。
1、「異常な」過剰流動性による預金急増、貸出難は世界的に共通なこと。
2、急速な「金融の正常化」によって逆ザヤとなったのは世界的に一般的なこと。
3、米国債やMBSといったトリプルAの資産でも破綻に繋がったこと。
4、SNSに煽られる取り付け騒ぎは今後も予想されること。などだ。
1つずつ簡単に解説する。
1、2020年初めにコロナ禍が世界を襲った。疫病対策には例外的にスウェーデンのように当初から「共存(ウイズコロナ)」が最適だとする見方があったが、世界は中国武漢を皮切りに「短期決戦」を選択、経済を止めた見返りに(大借金をして)膨大な資金を供給した。そのため、世界的な過剰流動性による預金急増、貸出難となり、余剰資金が証券投資や不動産、暗号資産などに集中した。
つまり、シリコンバレー銀行が置かれていた基本的な環境は世界的に共通なため、同様の破綻が続く可能性があるのだ。米国で1980年代に生じた貯蓄金融機関危機や2000年代のサブプライム危機、リーマンショック後の信用不安では、数多くの金融機関が破綻したが、今回がそれ以上にならないとは言い切れない。
2、2022年以降の世界的なインフレ率の急上昇で、利上げを行っていないのは、内需不足など国内にそれ以上の問題を抱えている日本を含む一部の国だけで、多くの国々では運用機関が逆ザヤとなっている。2022年10月の英首相の辞任劇も、年金運用が逆ザヤとなっていたことが事の発端だった。
3、調達資金が高く運用利回りが低い「逆ザヤ」環境で、運用利回りを上げるには、突き詰めれば「レバレッジ」、「信用リスク」、「オプションプレミアム」の3つしか方法がない。英年金が破綻寸前にまでなったのはレバレッジを過度にかけていた為だった。
預金という調達資金で、米国債やMBSといったトリプルAでの資産運用は、
これら3つの「大きなリスク」を回避したものだ。そのために、フォーブスやKPMG、
アナリストたちがシリコンバレー銀行のバランスシートのリスクを見逃していた可能性がある。
日々巨額の資金を動かすディーラーたちにとっては「流動性リスク」は身近なものだが、大きなポートフォリオ運用では避けてばかりもいられない。
長く続いた低金利により、国債の利回りが低すぎたことが最大の問題なのだ。
4番目は今後の大きな教訓となった。ファンダメンタルズ分析に関してのほとんどのプロが問題なしとした金融機関が、
ほんの数日で破綻するような時代になったのだ。
被害を少なくするには、調達や運用先の分散を進めて、あえて「非効率」にすることも考えられるが、
それでも破綻が防げるかどうかは分からない。
ここで懸念されるのは、同じようなことが日本でも起こらないかということだろう。
上記に特筆した4つの点で、日本が例外的なのは利上げを行っていないことだ。
しかし、日本の低金利、運用難という環境は、シリコンバレー銀行が破綻に至るまでの環境が日本では今も継続されているということを意味する。
それが1990年代の半ばから続いている。これが示唆しているのは、日銀は利上げという「破綻急増のトリガー」がますます引けなくなり、
国債購入というナンピン買いを続ける可能性が高まったということだ。とことんまでリスクを取り続け、
何か別の要因で「救われる?」ことを待つのみと考えているのかも知れない。
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