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夢の話

こんばんは、矢口新です。

長年の間、
1週間に2本のコメントを
定期的に書いている。

書いたものを本にしたのは
「日本が幸せになれるシステム・65の
グラフデータで学ぶ、年金・医療制度の守り方」
が最後で、もう本を上梓する気はない。
私は既に終活に入っている。

同書は、
今でも時々データを参照するほど役立つもので、
データ以外の内容は少しも古くなっていないのだが、
出版社からは無視された。
それでアマゾンから出し、
英語版にもして、リンクトインを通じて、
5000人以上の海外のエコノミスト、
大学教授、研究者たちに紹介した。

反応は概ね好意的で、
海外のビジネススクールで
オンラインセミナーを行ったこともあれば、
共著を書こうと誘われたこともあった。
紹介を終えて何年か経つのに、
今でも毎月、数十円から数百円の印税が振り込まれている。
そう、アマゾンの印税はそんなものだ。

終活には入っているが、
個人トレードはむしろ活発化している。
完成の域に近付いている実感もある。
また、それでも仕事は続けているので、
資料作りや、週2本のコメントは書き続けている。
1本は有料用のコメントで、
できるだけ「ここだけの話」になるように努めている。

もう1本は、多くの人の「気付き」となるようなものを
書きたいと思ってきた。
情報のほとんどをメディアのニュースと、
メディアに登場する識者の解説に頼っている人と、
専門的に1つのものを突き詰めてきた者との見方のギャップだ。

メディアの報道を見ていると、
例えば円や金利、株式などの相場は、
様々な材料で右往左往しているだけのように思えるが、
実は芯が一本通っている。
その芯を長年にわたって追い続けていると、
メディアなどの報道に大きな矛盾を感じるようになる。

その芯から見れば、ここからの円相場も、
債券相場も、株式相場も、方向的には売りなのだが、
理由はこれまでにも折に触れて書いてきているので、ここでは夢の話をする。

このようにコメントを書き続けていると、
常に、寝ても覚めても「何を書こうか」と考えるようになる。
そのために、夢の中でもネタを考えている。
これまでにも、夢には随分と助けられてきた。

今回の夢から覚めたのは、
2026年3月20日の午前4時38分だった。
実在の人物がそのままの名前、
そのままの状況で出てきたので、
かえって夢の話でも書けなくなった。
そこで、似たような状況の話を、
今思いつく史実とされているものから、
AIの助けを借りて、挙げていきたい。

その1:

紀元前44年3月15日、
いわゆる「3月のイデー(望日)」に起きた
ジュリアス・シーザー(カエサル)暗殺の経緯と
状況について解説します。

この事件は、
単なる個人的な裏切りではなく、
「共和制を守ろうとする理想」と
「独裁を強める現実」の衝突という側面を持っていました。

1. 暗殺に至る背景:なぜブルータスは決意したのか

シーザーは内戦に勝利した後、終身独裁官となり、
事実上の王として振る舞い始めていました。
これに対し、伝統的な共和制を重んじる
元老院議員たちは強い危機感を抱きます。

共和制への忠誠: マルクス・ブルータスは、
かつてローマから王を追放し共和制を樹立した
英雄の子孫と信じられていました。
周囲から「お前の祖先ならどうしたか」
という無言の圧力を受けていたと言われています。

個人的な葛藤: シーザーはブルータスの母セルウィリアを
深く愛しており、ブルータスを息子のように可愛がっていました。
ブルータスにとってシーザーは恩人でしたが、
カッシウスら陰謀者に
「私情よりも国家の自由を優先すべきだ」と説得され、
ついに暗殺計画に加わりました。

2. 暗殺当日の状況:ポンペイウス劇場にて

暗殺の舞台は、当時元老院の会議場として
使われていたポンペイウス劇場でした。

不吉な予兆: シーザーは占い師から
「3月のイデーに用心せよ」と警告され、
妻カルプルニアも不吉な夢を見て外出を止めました。
しかし、陰謀者の一人デキムス・ブルータスが
「元老院があなたを待っている」と言葉巧みに誘い出し、
シーザーは家を出てしまいます。

襲撃の瞬間: 議場に入り席に着いたシーザーを、
請願を装った暗殺者たちが取り囲みました。
一人がシーザーのトガを肩から引き下ろしたのを合図に、
一斉に短剣で襲いかかりました。

23箇所の傷: シーザーは最初抵抗しましたが、
信頼していたブルータスまでもが剣を抜いているのを見て、
トガで顔を覆い、抵抗を止めたと伝えられています。
彼は合計23箇所を刺され、
かつての宿敵ポンペイウスの像の足元で息絶えました。

3. 「ブルータス、お前もか」の真実

シェイクスピアの劇で有名なこの台詞ですが、
実際にはどうだったのでしょうか。

ラテン語: 一般には Et tu, Brute? として知られます。

ギリシャ語: 当時の知識人の共通語として、
実際にはギリシャ語で
「息子よ、お前もか(Kai su, teknon?)」
と言ったという説があります(スエトニウスなどの記録)。

無言説: 一方で、何も言わずにトガで顔を隠して
倒れたという記録(プルタルコス)もあり、
真相は謎に包まれています。

4. 暗殺の結果

陰謀者たちは「自由だ!」と叫びながら街へ繰り出しましたが、
市民の反応は冷ややかでした。
シーザーが遺言で市民に多額の遺産を残していたことが判明し、
さらにアントニウスの演説によって民衆の怒りは爆発。
ブルータスたちはローマを追われ、その後の内戦で敗北し、
自ら命を絶つことになります。

結局、シーザーの死は共和制の復活ではなく、
皮肉にも帝政(初代皇帝オクタウィアヌスの誕生)への
道を決定づけることとなりました。

その2:

歴史に名を刻む二つの暗殺劇、
「ブルータスによるシーザー暗殺」と
「明智光秀による本能寺の変」。
国も時代も違いますが、
驚くほど似通った構造を持っています。

「なぜ、最も信頼されていたはずの側近が牙を剥いたのか?」
という視点から、本能寺の変を解説します。

1. 「独裁者」への危惧と理想の衝突

シーザーも信長も、それまでの古い秩序を破壊し、
圧倒的な力で新時代を築こうとした、「革新的な独裁者」でした。

シーザー: 終身独裁官となり、
共和制(合議制)を形骸化させた。

信長: 室町幕府を滅ぼし、
朝廷や宗教勢力をも凌駕する絶対君主を目指した。

共通点: ブルータスも光秀も、主君の才能は認めつつも、
その「行き過ぎた独裁」が
既存の秩序や文化を壊すことに
恐怖と憤りを感じていたという説があります。

光秀にとっての「足利義昭への忠義」や
「伝統的な儀礼」は、ブルータスにとっての
「共和制への誇り」に重なります。

2. 「寵愛」と「重圧」の表裏一体

二人は主君から誰よりも目をかけられ、
スピード出世を遂げたエリートでした。

関係性: シーザーはブルータスを息子のように慈しみ、
信長は光秀を「近畿管領」とも言える
破格の待遇で重用しました。

心理的葛藤: 期待が大きい分、
主君の振る舞いが自分の理念に反したとき、
その失望は「憎悪」へと反転しやすくなります。

光秀が信長から受けた数々の
「折檻(パワハラ)」や、領地替えの命は、
プライドの高いエリートにとって
耐え難い屈辱だったのかもしれません。

3. 「今しかない」という絶好のタイミング

暗殺はどちらも、
警備が手薄になる一瞬の隙を突いて実行されました。

シーザー暗殺、公の場(元老院の集会)、
パルティア遠征への出発直前。

本能寺の変、
宿泊先(本能寺)隙護衛を遠ざけていたわずか
百名足らずの供回りのみ、中国地方への出陣直前。

どちらも「この機会を逃せば、
主君はさらに強大な力を手に入れ、
二度と手出しできなくなる」という
焦燥感が背中を押したと言えます。

4. 「大義」と「誤算」

その後の悲劇最大の共通点は、
暗殺に成功したものの、
「その後」のビジョンが周囲に受け入れられなかったことです。

ブルータス: シーザーを殺せば自由な共和制に
戻ると信じたが、民衆の支持を得られず、
アントニウスらに追い詰められ自害。

光秀: 信長を倒せば諸将が味方すると踏んだが、
細川藤孝や高山右近らに背かれ、
「三日天下」で終わった。

「主君殺し」という行為は、
どれほど大義名分(正義)を掲げても、
結果としてさらなる混乱を招き、
実行者自身を破滅させるという歴史の皮肉を、
この二つの事件は共通して物語っています。

その3:

中国の歴史において「主君殺し(弑逆:しぎゃく)」は、
ブルータスや光秀のような「悲劇のヒーロー」として
描かれることは稀で、
多くの場合「天下を奪うための冷徹な野心」や
「暗愚な暴君への引導」として記録されます。

特に有名な、
歴史の転換点となった3つのエピソードをご紹介します。

1. 宇文化及(うぶん かきゅう)による煬帝暗殺

これは「本能寺の変」に最も近い、
贅沢に溺れた独裁者と、
追い詰められた側近の構図です。

背景:隋の第2代皇帝・煬帝(ようだい)は、
大規模な土木工事や高句麗遠征に失敗し、
国を疲弊させました。

暗殺:反乱軍が迫る中、
近衛軍の将軍であった宇文化及が反乱を起こし、
逃げ場を失った煬帝を絞殺しました。

共通点:煬帝は死の間際、
「毒薬で死なせてくれ」と頼みましたが、
反乱軍はそれを許さず、
紐で首を絞めて殺害するという凄惨な結末を迎えました。
その後、隋は滅亡し、唐へと時代が移ります。

2. 司馬昭(しば しょう)による曹髦(そう ぼう)暗殺

三国志の時代、曹操が築いた「魏」の末期に起きた事件です。

背景:魏の皇帝・曹髦は、
実権を握る権臣・司馬昭(後の晋の礎を築いた人物)に
耐えかね、わずかな手勢を率いて
自ら司馬昭を討とうと出撃しました。

暗殺:司馬昭の部下・成済が、
向かってくる皇帝を矛で刺し殺しました。

特異点:中国では「皇帝の体には触れてはならない」という
強烈なタブーがありましたが、
司馬昭はそれを公然と破り、
自分の権力を誇示しました。
これは「禅譲(平和的な政権交代)」を装うための、
血塗られたプロセスとなりました。

3. 項羽(こう う)による義帝(ぎてい)暗殺

「項羽と劉邦」の戦いの中で起きた、
政治的な「足かせ」を外すための暗殺です。

背景:秦を倒すため、
項羽は象徴として「懐王(後の義帝)」を擁立しました。
しかし、秦が滅びると、
力を持った項羽にとって皇帝(義帝)は
邪魔な存在になりました。

暗殺:項羽は義帝を僻地へ移送する途中で、
部下に命じて長江で沈め殺させました。

皮肉:この「主君殺し」という不忠を、
ライバルの劉邦が「義帝の仇を討つ」という
大義名分に利用し、
諸侯を味方につけて項羽を追い詰めるきっかけとなりました。

中国史における「主君殺し」の特徴

西洋や日本の「理想や忠義の葛藤」に比べると、
中国では「天命(天から支配を認められる資格)が
尽きたから殺された」という
放伐(ほうばつ)の論理で語られることが多いのが特徴です。

「徳を失った王はもはや王ではなく、
ただの男である。
だから殺しても主君殺しにはならない」という
孟子の思想が、背景に強く流れています。

(史実のエピソードはここまで)

私の夢には、実在の人物がそのままの名前、
そのままの状況で出てきたので、
かえって夢の話でも書けなくなった。
夢の中では、トップの死で状況は好転したが、
上のエピソードからはもっと複雑な世の中が見えてくる。

私が子供の頃は学校で、
人類は過去を学んで成長しているので、
世界の人々は平和に仲良く暮らすだろうと教えられてきた。

一方で、歴史は繰り返すとも言われている。
その意味では、人類は成長しない。
実際、人類は似たようなことを繰り返しながら、
ここまで来たのではないか。

そしていつの時代にも、夜の次には朝が、
昼の終りには夜が繰り返しやってきた。
いつの世でも、今を生きていることは、捨てたもんじゃないのだ。

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