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電力不足と核の不安は、二者択一の苦渋の選択か?

パウエルFRB議長がジャクソンホールで
「インフレ撲滅」の演説を行った同じ8月26日に、
英ガス電力市場監督局が、家庭用エネルギー料金が10月から80%引き上げられ、
平均で年額3549ポンド(4188ドル)になると表明した。

また来年1月にも料金がさらに引き上げられる
(別の報道では平均年額4266ポンド超になる)可能性が高いとの見通しを示した。

英国政府は、
英国家計の中央値の60%以下の家計所得を貧困と定義しており、
2021年時点で3万1000ポンドだった。

所得の1割を優に超える家庭用エネルギー料金が
いかに貧困層を直撃するかが分かる。

そのため、英国のエネルギー危機は
コロナ・パンデミックを凌ぐとも言われている。

参照:UK energy crisis is ‘bigger than the pandemic’
https://edition.cnn.com/2022/08/24/energy/energy-crisis-uk-cost-pandemic/index.html

英国では7月の消費者物価指数が前年比+10.1%と、先進国で唯一インフレ率が2桁台を記録した。電源は2019年時点で、天然ガスが約4割、再生可能エネルギーが4割弱、原子力が2割弱と、この3大電源だけでほぼ10割を占めていた。

今年の欧州は深刻な熱波で、各地で水不足が起きている。英国も例外ではなく、水不足は水力発電の発電量を下げ、水温の上昇は原子炉の冷却能力を下げることで原発の発電量を下げている。家庭用エネルギー価格の高騰は、熱波による需要増を含む全般的な物価上昇に加えて、依存を深めた天然ガスの大きな値上がりが要因だと言える。

一方、日本でも電気やガスといったエネルギー価格の値上げが続いている。日本の電源は概ね海外に依存しており、天然ガスと石炭の比重が非常に高いので、その値上がりがエネルギー価格上昇に直結する。また、それらの値上がりは輸入金額の増加にも繋がるので、円安要因となり、それも国内価格を押し上げる。海外エネルギー高と円安はスパイラル的に日本のインフレを押し上げる要因ともなるのだ。

また、日本の場合は発電能力そのものが低下し余剰能力がほとんどないので、何かがあれば節電要請が避けられず、また海外市場の動向にも弱い。

参照図01:日本の電源と発電能力(出所:ブルームバーグ)

図01の青が天然ガス、茶色が石炭、紫が水力、白が石油、一番上の黄色が原子力で、一番下のオレンジ色が再生可能エネルギーなどのその他となっている。

そこで、岸田政権は原発回帰を決め、脱炭素とエネルギー安全保障の両立を図るとした。既存原発の再稼働に加え、小型原発の開発だと言う。

小型原発とは、大型化を追求してきた従来の原発の出力が1基100万キロワットを超すのに対し、30万キロワット以下の小型モジュール炉を念頭に置いていると言う。8万キロワット以下の小型モジュール炉の場合、キロワットあたりの設置費用は大型原子炉のほぼ半額だと言われている。

つまり、数多くの小さな原発を各地に設置するイメージだ。ちなみに下図02は、2021年時点の稼働停止中を含む原発の設置場所だ。

参照図02:原子力発電所マップ(出所:Nippon.com)

日本は一時、これだけの原発が稼働していた。日本が何故、原発の稼働を停止したか? 原発は安定でも安価でもなかったが、何よりも、安全性の確保ができないからだ。

福島の原発事故だけでなく、欧州の熱波や、ウクライナ戦争でも明らかになったのは、原子炉を安全に稼働させるための冷却には、冷水と電源が必要だということだ。そして、ウクライナ戦争が明らかにしたのは、冷水と電源は、有事には保証されるものではないということだ。

ニューヨークの国連本部で約1カ月にわたって開かれた核拡散防止条約再検討会議は8月26日、最終文書を採択できず決裂した。ロシアがウクライナの原発管理などをめぐる文言に反発し、合意できなかった。つまり、世界は核拡散の歯止めを失った。

実のところ、一部の国々はこれまでにも核弾頭を増やしている。長崎大学の資料では、2013年から2021年にかけ、中国、パキスタン、インド、北朝鮮が核弾頭を大きく増やした。中でも中国は核兵器大国になると明言している。核拡散防止条約は守られてこなかったのだ。

2021年の時点でも、合わせて世界の9割近くの核弾頭を保有するロシアと米国にとっては、核拡散防止条約の意味が大きいにも関わらず、ロシアはウクライナ南部のザポロジエ原発への言及に最後まで反対したという。

ロシア軍は2022年3月4日以降、ザポロジエ原発を占拠している。このところ、同原発への砲撃が相次ぎ、ロシアとウクライナの双方が相手の攻撃だとして非難している。ロシアが自軍を攻撃するのは不可解だが、実態は分からないので、この点には触れない。

問題は、砲撃が原子炉を直撃しなくても、電源が途絶えて水温が上昇すれば、最悪の場合は「核爆発」が起きるということだ。これは小型モジュール炉だからより安全だと保証できるものではない。

一方、核戦争になった場合、地球規模の飢饉が生じて総人口80億人足らずのうち、50億人あまりが死亡するおそれがあるとの研究結果を米ラトガース大学などのチームがまとめた。より規模の小さい局地的な核戦争でも20億人超が餓死する可能性があるという。

以下に、ブルームバーグから全文を引用する。

(引用ここから、URLまで)

核戦争が起きた場合、死者は50億人に上るとの研究結果が発表された。大気中の煤煙が日光を遮ることで農産物の生産が壊滅的なダメージを受け、世界的な飢饉による犠牲者は核兵器爆発による死者数をはるかに上回る恐れが大きいという。

ラトガース大学の研究チームは起こり得る核戦争シナリオ6つについて、それぞれの影響を分析。米国とロシアの全面戦争という最悪のシナリオでは、人類の半数余りが死亡することになるとのリポートが、学術誌ネイチャー・フードに掲載された。

研究では核兵器の爆発による旋風でどれだけの煤煙が大気中に吹き上がるかを計算。米大気研究センター(NCAR)がサポートする気象予想ツールを使って、国別の主要農産物の生産性を割り出した。

ロシアがウクライナ侵攻を開始して以降、米ロ間の戦争の恐れは高まった。ロシアのラブロフ外相は4月、核戦争が起きる「深刻なリスク」を警告した。

研究報告を共同執筆したラトガース大学のアラン・ロボック教授は「データがわれわれに伝えようとしているのは、核戦争を絶対に起こさせてはならないという一点だ」と述べた。

参照:核戦争なら世界で50億人が死亡へ、爆発より飢饉の犠牲者が多数-研究
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-08-15/RGNYJRDWLU6801

核戦争の脅威は米ロ間だけでなく、インド・パキスタン間などでもあるという。また、核爆発によって大気が加熱されることでオゾン層が破壊され、地表に降り注ぐ紫外線の量が増えることも予測されている。

核の脅威は核弾頭だけではない。原発は、ロシアが前例をつくったように、今後の戦争の最重点の攻撃目標となりかねないのだ。日本各地に数多くの小型モジュール炉を設置すれば、日本を攻撃したい国を喜ばせることになる。

電力不足は長年にわたるエネルギー政策の失敗ではないだろうか? 日本には資源が足りないと思い込むのは、下ばかり見つめているからではないだろうか?

前を向けば、風が吹いている。周りを見渡せば海や川がある。上を見上げれば太陽が輝いている。地下資源よりもはるかに膨大なそうした資源、自前の再生可能エネルギーの利用は日本が世界に先行していたのに、今はかつてない程にエネルギー依存を深めている。

そして、再び「原子力回帰」を唱えているのだ。

<講師プロフィール>

矢口新(やぐち あらた)

1954年生まれ。
金融業界の第一線で30年以上にわたり活躍し続け、
プロディーラーにも師と仰がれる天才ディーラー。

東京・ニューヨーク、ロンドンと世界3大金融市場で活躍し、
さらには為替、債券、株のすべてに関わるという
非常に稀有なキャリアを持つ。

相場を動かすプロの裏の裏まで知り尽くしており、
投資を真剣に学びたいという意欲ある方々との交流にも熱心。

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